スマホで服を見ていて「あとで買おう」と思った瞬間に通知が来たり、別のアプリに移ったり、住所入力で指が止まったり。
気づけばカートの中は”未完の買い物”でいっぱい。
この「買う直前で迷子になる感じ」、心当たりがある人は多いはずです。
実は、EC事業者にとってこれは深刻で、モバイルの購入離脱(カゴ落ち)はずっと”穴の空いたバケツ”のように売上を漏らしてきました。
その穴を、別のやり方で塞ごうとしているのが、英国のDebenhams Group(デベナムズ・グループ)です。
彼らが始めたのは、PayPalアプリの中にAIを置き、探すところから決済までを会話で完結させるという実験でした。
Debenhams×PayPalで何が起きたのか:結論は「外に出さない」
今回のニュースを一言で言うなら「買い物の導線をPayPalの中に閉じ込める」ことです。
Debenhams Groupは、PayPalアプリ内にエージェント型AI(agentic AI)のインターフェースを組み込み、ユーザーが自然な文章で「こんな服が欲しい」と話しかけるだけで、商品を探す(キーワード検索ではなく会話)ところから始まり、好みや予算に合わせて提案し、追加で質問して候補を絞り、選んだらチャット画面のまま購入する(住所や支払いは保存情報を利用)という流れを、アプリ遷移なしで進められるようにしました。
なお、現時点のパイロットは米国の一部の顧客を対象としており、米国・英国での本格展開は今年後半が予定されています。
対象になるブランドとして挙げられているのは、boohoo・boohooMAN・Karen Millen・PrettyLittleThingなどです。
そもそも「エージェントAI」って何?初心者向けにやさしく
生成AIという言葉は広いですが、ここでいうエージェントAIは「答えるだけのAI」から一歩進んだ存在です。
普通のチャットAIが質問に答えたり提案したりするだけなのに対し、エージェントAIは目的(買う)に向かって、質問し返したり、手順を進めたり、処理を実行したりします。
たとえるなら”店員さん”ではなく”買い物を一緒に完走してくれる相棒”に近いです。
PayPalのエージェントコマース担当バイスプレジデント、マイク・エドモンズ氏は「エージェントコマースによって、ショッピングは検索ではなく会話になる」と述べており、まさにこの方向性を象徴しています。
なぜPayPalの中でやるの?裏側にあるビジネスの算数
ここが面白いところで、Debenhams Groupは売上の16%がすでにPayPal経由とされています。
つまり「お客さんが普段いる場所」に商品導線を置けば、購入までの距離が短くなります。
ECの購入体験は、しばしばこんな”山登り”です。
SNSや広告で興味を持ち、ECサイトに移動して検索して迷い、カートに入れたあと会員登録・住所・決済の入力で疲れて離脱してしまう。
今回の取り組みは、この山道をショートカットします。
PayPalという”すでにログイン済みの場所”で、発見から決済まで一気に滑走路を作るイメージです。
体験はどう変わる?「検索窓」から「会話」へ
従来のECは、検索窓に言葉をうまく入れられる人が有利でした。
でも会話なら「春の旅行に着ていける、シワになりにくい黒のワンピース。予算は1万円台で」とそのまま伝えるだけでいい。
AIはここから追加質問をして候補を絞り、在庫を探し、チャット画面で購入まで進めてくれます。
これはたとえるなら、図書館で”本棚の暗号”を解くのをやめて、司書さんにそのまま相談できる感覚です。
「検索の技術」が不要になる分、買い物のハードルが下がります。
実は裏側が超重要:AIコマースは”データの鮮度”が命
ただし、便利さの裏には難しさもあります。
この仕組みが成功するには、在庫・価格などのデータがリアルタイムで正確であることが欠かせません。
会話がスムーズでも、最後に「在庫がありません」では台無しです。
だからこそDebenhams Groupは、在庫・販売・価格の予測改善でPeak AIと提携したり、社内人材を育てるAI Skills Academyを立ち上げたりと”AIが走れる道路”を整備しています。
AIを導入するというより、AIがミスせず動けるだけのデータと組織の基礎体力を作ること。
ここが本質です。
便利さと引き換えに何が起きる?「誰が入口を握るか」という話
もう一つ、静かに大きい論点があります。
これまでECの主役は”自社アプリや自社サイト”でした。
でも今回のように、第三者プラットフォーム(PayPal)が高い購買意欲の入口を握るようになると、力関係が変わります。
しかも、似た流れはすでに広がりつつあり、UKTNによれば「JD SportsがCopilotやGemini、ChatGPTなどのチャットボットから購入できるようにした」とも報じられています。
たとえるなら、商店街のお店がそれぞれ呼び込みをしていた時代から、巨大な駅ナカに集まって”駅の導線”に頼る時代に近い。
人は増えるけれど、主導権も駅側に寄ります。
ここからの未来:買い物は「面倒を減らす競争」から「信頼を積む競争」へ
エージェントAIコマースが本格化すると、ECの勝負は「何クリックで買えるか」から「AIがどれだけ正確に、誠実に、迷いを減らしてくれるか」へと変わります。
成功は「データの正確性」や「AIが誤った解釈やハルシネーション(もっともらしい嘘)をしないこと」に左右されるとも示唆されています。
つまり次の時代は、UIの工夫だけでは勝てません。
信頼できるデータと運用がブランド価値そのものになります。
まとめ:カートに置き去りの”未完の買い物”を、会話が救うかもしれない
Debenhams GroupがPayPalと始めた取り組みは、派手な未来図というより、私たちが日々感じている「面倒くささ」を真正面から削りにきた一手です。
買い物は本来、ワクワクするもの。
なのに、最後の最後で入力や遷移に疲れて、気持ちがしぼんでしまう。
もし会話だけで迷いがほどけて、決済までなだらかに進めるなら、私たちのカートに眠る”未完の買い物”は、少しずつ「ちゃんと届く買い物」に変わっていくのかもしれません。
今日のECは、検索窓から始まるのが当たり前。
でも明日のECは「ねえ、こういうの欲しい」から始まるのが当たり前になる。
その入り口が、PayPalの中に作られた。
ここが今回のニュースの核心です。
参考:Debenhams pilots agentic AI commerce via PayPal integration
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