朝、スマホで残高を見たとき。
「この引き落とし、何だっけ?」と一瞬だけ心がざわつくこと、ありませんか。
もしアプリが、あなたの言葉そのままで「直近の支出の傾向」や「この取引は何か」を説明してくれて、しかも不正の可能性まで気づいてくれたら。
便利というより、安心がひとつ増える感じがします。
英国の大手銀行グループ NatWest(ナットウエスト) は、まさにその方向へ踏み込んでいます。
ポイントは「AIを導入しました」で終わらず、顧客対応、富裕層向け業務、ソフトウェア開発といった複数の業務機能に、AIを”埋め込む”段階へ進んでいること。
2025年を「大規模展開(at scale)の年」と位置づけ、実務の中で成果が見え始めています。
この記事では、AI Newsの報道とNatWest公式の発信をもとに、初心者でも腹落ちするように、何が起きているのかをストーリー仕立てで解きほぐします。
NatWestはAIをどこに入れたのか?「3つの現場」が面白い
AI活用というと、つい「チャットボットで問い合わせ削減」みたいな単線の話になりがちです。
でもNatWestの話は、建物で例えるなら、受付、金庫室、設計室のそれぞれにAIを置いたようなもの。
お客さまの体験だけでなく、裏側の仕事の流れまで変えにいっています。
1)顧客対応:デジタルアシスタント「Cora」に生成AIを足して”会話の幅”を増やす
NatWestのデジタルアシスタントは Cora(コーラ)。
ここに生成AIを追加し、生成AIが支えられる顧客の「手続きの道筋(customer journeys)」が4から21へ増えたとしています。
会話が自然になり、解決が速くなり、行員が介入する必要も減ったという説明です。
さらに2026年第1四半期末までに、Cora内の新しい「エージェント型(agentic)金融アシスタント」を、まずは25,000人の顧客に提供する計画が示されています。基盤にはOpenAIのモデルが使われ、アプリ上で「最近の取引」や「支出パターン」を自然言語で質問できるようにする、という方向性です。
ここで大事なのは「AIが賢い」よりも「不安の芽を早く摘む設計」になっていること。
たとえば次の段階として、不正が疑われるケースをCoraで申告し、関連する対応を進められるようにすると述べています。
加えて、将来的には声での対話(voice-to-voice)も試す方針で、トーンや会話の機微を取り込む構想も語られています。
銀行の顧客対応は、言ってしまえば「困っている人の受け皿」です。
そこにAIを置くのは、レジの横に案内係を立たせるのに似ています。
ただしNatWestは、案内係を”増員”しただけではなく、案内係が理解できる質問の種類そのものを増やした。
ここが効いています。
2)事務の山を片づける:富裕層向け業務で「要約」が時間を取り戻す
次は、いわゆるプライベートバンクやウェルスマネジメント(資産管理)領域。ここは華やかに見えて、現場は書類と記録の海です。
面談メモ、過去のやり取り、提案資料、契約関連。
関係者が丁寧であるほど、紙もデータも増えていきます。
NatWestはこの領域で、面談や書類の要約、顧客記録の整理にAIを使い、リレーションシップ・マネージャー(担当者)が状況理解に使う時間を圧縮しています。
その結果として、顧客と向き合う時間が30%増えたと説明しています。
ここ、個人的にいちばんグッとくるポイントです。
AIの役割は「人の代わりに話す」ことではなく、人が話すための舞台を整えること。
舞台裏で小道具を並べ、台本の要点をまとめ、ライトを当てる。
すると主役(担当者)は、お客さまの表情に集中できる。
そんな感じです。
3)開発現場:12,000人のエンジニアがAIを使い、コードの約35%がAI由来に
3つ目はソフトウェア開発。
NatWestは、12,000人以上のコーダー(開発者)がAI支援を使い、銀行のコードの約35%がAIによって書かれていると述べています。
開発でのAI支援は、例えるなら「下書きが速い編集者」。
ゼロから全部を書くのではなく、下書きを作り、レビューし、テストまで含めて流れを速める。
NatWestはこの方向で、システムをより速く作り、より速く改善する狙いを明確にしています。
さらに公式発信では、2025年に技術・データ・AI変革へ12億ポンドを投資し、2021年比で新機能提供が4倍速くなったとも触れられています。
AIは魔法の杖ではなく、スピードを出すための「道具箱」。
そしてその道具箱を、開発者が日常的に開けられる状態にしたのが、今のNatWestだと言えます。
うまくいく理由は「AI」ではなく、土台の作り方にある
ここまで読むと「結局は最新AIを買ったからでしょ?」と思うかもしれません。
でもNatWestの説明は、もう少し地味で、だからこそ本質的です。
全社員に配る。使えるように整える
NatWestは、約60,000人の従業員が日々AIツールを使える状態にし、Microsoft Copilot Chatや社内LLM(大規模言語モデル)ツールを含めて展開したとしています。
さらに、半数以上が基礎研修以上の追加トレーニングを受けたとも述べています。
AIは「置いた瞬間に成果が出る家電」ではなく「使い方で差が出る調理器具」に近い。
包丁があっても、握り方と研ぎ方を知らなければ危ないだけですよね。
研修や習熟が語られているのは、まさにそこです。
データとクラウドの整備が、会話AIと要約AIを支える
AI Newsの記事では、NatWestがデータ基盤を再構築し、統合された顧客ビュー(unified customer views)を作り、Amazon Web Services(AWS)へ移行し、レガシーを簡素化してきたことが、要約や会話システムを支えると説明しています。
AIだけ先に走らせると、燃料(データ)が足りずに止まります。
NatWestは「燃料タンクの形」から作り直した。
だから、要約も会話も現場で回る。
そんな構図です。
守りのAI:不正検知と「責任あるAI」を同時に進める
銀行のAIで一番怖いのは、便利さの裏で信頼を落とすことです。
NatWestは、AIを使った分析による不正検知やリスク監視への投資にも触れています。
リスクが検知されたときに顧客へ注意喚起する狙いが示されています。
同時に、ガバナンス面では、次のような取り組みが語られています。
Dr Maja Panticが銀行初のChief AI Research Officerとして任命され、AI研究オフィスを設立。
音声と映像を含む会話AIや小型言語モデルなどに焦点を当てています。
また、AIとデータ倫理の行動規範(AI and Data Ethics Code of Conduct)を整備し、エディンバラ大学と連携したResponsible AIトレーニングも実施。
さらに英国金融行動監視機構(FCA)のLive AI Testingプログラムへも参加しています。
アクセル(便利さ)だけでなく、ブレーキ(倫理と検証)も同時に整える。
これが銀行らしさであり、AIを「業務に埋め込む」ための最低条件なのだと思います。
日本の企業やチームが学べる、3つの実務ヒント
NatWestの事例を「海外の大銀行の話」で終わらせないために、持ち帰れる要点を3つに絞ります。
1)まずは”1つの業務”ではなく”3つの場所”に小さく置く
顧客対応、事務、開発。
NatWestはこの3点で成果を語っています。
日本でも、問い合わせ、書類要約、開発支援は着手しやすい。
ここをセットで見ると「AIは現場の空気を変える道具」になりやすいです。
2)「要約」は地味だけど、最速で効く
70,000時間の削減、30%の対面時間増。
派手なデモより、こういう数字が現場を動かします。
会議、面談、コールログ。
要約は、情報の洪水に溺れないための救命胴衣です。
3)便利さの前に「信頼の設計」を置く
金融は、間違いが許されにくい領域です。
だからこそ、倫理規範やテストプログラム参加が明記される。
日本でも、利用範囲、監査ログ、誤回答時のフォールバックなど、最初に決めておくほど後が楽です。
まとめ:AIは「代役」ではなく「余白」を作る相棒
NatWestの取り組みを一言でまとめるなら、AIで人を置き換えるより、仕事に余白を作り直している。これに尽きます。
Coraに生成AIを組み込み、会話で解決できる道筋を広げた。
要約で、担当者が顧客に向き合う時間を取り戻した。
開発ではAI支援を日常にし、作る速さを上げた。
そして不正対策と責任あるAIの枠組みを、同じ地図の上に置いた。
冒頭の「この引き落とし、何だっけ?」という小さな不安。
それを、アプリがやさしく解きほぐしてくれる未来は、もう絵空事ではありません。
NatWestはその未来を、実験室ではなく現場の動線に組み込もうとしています。
最後に、あなたの仕事や暮らしに引き寄せてみてください。
AIに任せるべきは「人の心」ではなく「人の心が向かうための下ごしらえ」です。
余白ができた分だけ、私たちはもう一度、人に向き合える。
そのことを思い出させてくれる事例でした。
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