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『先生、それ本当にAIで大丈夫?』──4回に1回間違える現実と、私たちが知るべきこと

AI

ある日、病院の待合室で、一人の患者さんが医師にこう尋ねました。

「この治療法、AIが提案したって聞いたんですが……本当に信用していいんですか?」

この問いかけには、私たちが新しい技術と向き合うときの不安や期待、そして願いが詰まっています。
この患者さんの疑問は、決して特別なものではありません。
むしろ、現代の医療現場で多くの人が抱いている率直な気持ちを代弁していると言えるでしょう。

AI、特に ChatGPT のような「大規模言語モデル(LLM)」ががん医療に使われるようになった今、私たちはこの新しい”パートナー”と、どう付き合っていけばよいのでしょうか?
テクノロジーの進歩は目覚ましく、昨日まで SF の世界だったことが、今日には現実となっています。
しかし、それが命に関わる医療の分野となると、話は別です。

この記事では、2025 年に発表された最新の大規模研究レビューをもとに、ChatGPT のようなAIががんの診断や治療にどう関わっているのか、そしてどんな課題があるのかを、初心者にもわかりやすくご紹介します。
専門用語に惑わされることなく、私たち一人ひとりが理解し、判断できる材料を提供したいと思います。

ChatGPT は「医療のナビゲーター」になれるのか?

近年、ChatGPT をはじめとする LLM は、人間と自然な会話をするAIとして注目されています。
その影響力は医療分野にまで及び、がん治療の現場でも革新的な変化をもたらしつつあります。

現在、がん医療におけるAIの活用は多岐にわたっています。
まず診断の補助として、CT画像や MRI 画像の解析結果を医師がより正確に理解できるよう支援する役割があります。
従来であれば経験豊富な放射線科医でなければ見落としてしまうような微細な変化も、AIの眼力によって発見される可能性が高まっています。

さらに、治療プランの提案においても AI の存在感は増しています。
患者の年齢、病期、既往歴、さらには遺伝的要因まで総合的に考慮した上で、最適と思われる治療選択肢を提示することができるのです。
これは、医師一人の経験や知識では限界がある複雑な症例において、特に価値のあることです。

患者向けの情報提供や翻訳の分野でも、AIの力は発揮されています。
医学用語で書かれた難解な診断書や治療方針を、患者や家族が理解しやすい言葉に翻訳したり、外国人患者に対して母国語での説明を提供したりすることが可能になりました。
これにより、インフォームドコンセントの質が向上し、患者がより納得した状態で治療を受けられる環境が整いつつあります。

加えて、医師と患者のコミュニケーション支援という側面も見逃せません。
限られた診療時間の中で、患者の不安や疑問に的確に応えるための資料作成や、次回の診察までに患者が準備しておくべき質問のリストアップなど、円滑なコミュニケーションを促進する様々な支援が行われています。

実際の成功事例も報告されています。
たとえば、放射線治療の質問に対して、AIが医師と同等以上の正確さで答えた研究結果があります。
ある研究では、ChatGPT ががん患者への説明文をわかりやすく翻訳し、患者の不安を和らげる効果があることが実証されました。
患者が自分の病状や治療について正しく理解できることで、治療への積極的な参加意欲が高まり、結果として治療成績の向上にもつながる可能性が示唆されています。

一見、夢のような未来です。
けれども――。

「使える」と「使える気がする」の違い

AIの導入に期待が高まる一方で、研究者たちは冷静に検証を進めています。
感情的な期待や恐れに左右されることなく、科学的な根拠に基づいてAIの実力を測ろうとする姿勢は、医療という人の命に関わる分野においては特に重要です。

2025 年に発表されたこのレビューでは、56の研究論文を徹底的に分析し、次のような重要な事実が明らかになりました。
これらの数字は、AI に対する過度な期待や不安を現実的なレベルに調整するための貴重な指標となります。

まず、AIの全体的な正確性は約 76.2% でした。
これは一見高い数字のように思えますが、医療の世界では「約 76%」という精度がどの程度信頼できるものなのかを慎重に考える必要があります。
4回に1回近く間違いを犯す可能性があるということでもあるからです。

さらに深刻なのは、診断分野に限定すると精度は平均 67.4% まで低下することです。
がんの診断は早期発見と正確な病期判定が治療成績に直結するため、この精度では医師の代替手段として使用するには不十分であることが分かります。
約3回に1回は誤った判断を下す可能性があるということは、患者の生命に関わる重大な問題です。

研究手法にも課題が見つかりました。
評価は自動スコアリングに頼り、人の視点が欠けがちな傾向があることです。
つまり、AI同士で「正解」を決めているような状況で、実際の医療現場で働く医師や、治療を受ける患者の視点からの評価が十分に行われていないのです。
この点は、AI技術の実用化を考える上で見過ごすことのできない盲点と言えるでしょう。

最も懸念されるのは、安全性や倫理性の検討はごく一部にとどまる ことです。
新しい技術を医療に導入する際には、その技術がもたらす利益だけでなく、潜在的なリスクや倫理的な問題についても十分に検討される必要があります。
しかし、現状ではそのような包括的な検討が不足しているのが実情です。

つまり、現時点での科学的な結論は「ある程度は役に立つけど、医師の代わりにはなれない」 ということです。
これは決してAIを否定するものではありませんが、過度な期待や依存は危険であることを示しています。

特に見逃せないのは“誤情報”や”情報の古さ”といったリスクです。
たとえば、ChatGPT が皮膚がんに関する古い診断基準を出力し、それが患者や医療従事者の誤解を生んだ事例も報告されています。
医学は日進月歩の分野であり、昨日の常識が今日の非常識になることも珍しくありません。
AIが学習したデータが古い場合、時代遅れの情報を「最新の知見」として提供してしまう危険性があるのです。

AIの声に、私たちはどう耳を傾ければいいのか?

AIの返答は、確かに説得力があります。
豊富な情報に基づいた論理的な説明は、あたかも「知っている人」「専門家」のように聞こえるかもしれません。
しかし、その本質を理解することが重要です。
AIは、膨大なデータから学習した「よく学んだ予測屋」に過ぎません。
人間のような直感や洞察力、共感性を持っているわけではないのです。

医療は、単なる知識の組み合わせではありません。
教科書に書かれた一般的な治療法が、すべての患者に最適とは限らないからです。
一人ひとりの患者には、それぞれ固有の背景があります。

たとえば、家族構成や生活環境を考慮する必要があります。
同じ病気でも、一人暮らしの高齢者と、家族のサポートが充実している患者では、選択すべき治療法が異なる場合があります。
通院の頻度や治療期間、副作用の管理方法なども、患者の生活状況に合わせて調整されるべきです。

また、文化的背景や信条も重要な要素です。
宗教的な理由で特定の治療法を選択できない患者もいれば、伝統的な価値観を重視する患者もいます。
これらの要因は数値化することが困難で、AI が処理するのは容易ではありません。

最も大切なのは「この人らしさ」を大事にした選択です。
患者それぞれに人生の価値観があり、何を最も重要視するかは人によって異なります。
治療効果を最優先する人もいれば、生活の質を重視する人もいます。
残された時間を家族と過ごすことを最も大切にする人もいるでしょう。

こうした人間的な判断には、やはり人間が必要です。
医師の経験と直感、そして患者との信頼関係に基づいた対話が不可欠なのです。

AIの”声”を一つの参考意見として取り入れつつ、最終的な判断は、医師と患者が一緒にする —そんな姿勢が求められています。
これは AI を排除することではなく、適切な距離感を保ちながら活用することを意味します。

「ChatGPT 先生」とうまく付き合うための3つのポイント

このレビューが示した重要な教訓は、AIを盲目的に信じるのではなく「使い方」を工夫することです。
技術の進歩に期待を寄せることは大切ですが、同時に冷静な判断力を保つことも欠かせません。

ここでは、私たちができる具体的なステップを3つ紹介します。
これらは決して難しいものではありく、日常的に実践できる心構えと言えるでしょう。

①「専門家の確認」が絶対条件

AIからの提案や情報は、どれほど説得力があっても、あくまで参考意見に過ぎません。
必ず医師や専門家に確認を取ることが絶対的な条件です。

これは単なる形式的な手続きではありません。
医師は、患者の個別の状況、過去の病歴、現在服用している薬剤、アレルギーの有無など、AI では把握しきれない複雑な要因を総合的に判断できます。
また、最新の医学的知見や治療ガイドラインの変更についても、常にアップデートされた情報を持っています。

さらに、医師は「なぜその治療法が適しているのか」「他にどのような選択肢があるのか」「リスクとベネフィットのバランスはどうか」といった点について、患者の理解度に合わせて丁寧に説明することができます。
これは AI にはできない、人間ならではの能力です。

②「どの情報源か」を意識しよう

ChatGPT は非常に便利なツールですが、その回答がどのような情報源に基づいているのかを把握することは困難です。
書籍や論文のような「情報の出所」が見えづらいのが現状です。

この点を補うためには、公式な医療ガイドラインや専門医の意見と照らし合わせることが重要です。
日本では、各種学会が発表するガイドラインや、厚生労働省が提供する情報などが信頼できる情報源として活用できます。
また、セカンドオピニオンを求めることで、複数の専門家の見解を比較検討することも可能です。

インターネット上には様々な医療情報が溢れていますが、その中には古い情報や不正確な内容も少なくありません。
情報の鮮度や信頼性を見極める目を養うことが、現代の患者には求められています。

③「不安を感じたら、その気持ちを大事に」

AIの返答が論理的で説得力があっても、何か引っかかる感じがする、不安を感じる—そんなときは、躊躇せずに医師に相談してください。
あなたの直感は、あなたを守る重要なセンサーです。

この直感は決して根拠のないものではありません。
長年自分の体と向き合ってきた経験や、過去の治療で感じたことなどが、無意識のうちに「何かが違う」という感覚として現れることがあります。
医学的な知識がなくても、自分の体のことを最もよく知っているのは自分自身です。

また、不安や疑問を医師に伝えることは、より良い医療を受けるための重要なコミュニケーションでもあります。
遠慮や恥ずかしさから質問をためらう必要はありません。
患者の率直な気持ちを知ることで、医師もより適切なサポートを提供できるようになります。

これからの医療に、AIという「灯り」をともすには

AIは、確実に私たちに新しい可能性と選択肢をもたらしています。
診断の精度向上、治療選択肢の拡大、情報アクセスの向上など、その恩恵は計り知れません。
けれど同時に、AIの力は「光」のようなものでもあります。

光は、適切に使えば暗闇を照らし、進むべき道を示してくれます。
しかし、その眩しさに惑わされてしまうと、かえって道を見失ってしまう危険性もあります。
私たちがその灯りをどこに向けるかが問われているのです。

AIの光を患者の不安を和らげる方向に向けるのか、それとも医師の判断力を補強する方向に向けるのか。
診断の精度向上に使うのか、それとも患者教育の充実に活用するのか。
こうした選択は、技術者だけでなく、医療従事者、患者、そして社会全体で考えていくべき課題です。

重要なことは、AIを万能の解決策として過信することなく、また同時に、その可能性を過小評価することもなく、バランスの取れた視点を維持することです。
新しい技術との付き合い方を学ぶことは、現代を生きる私たちにとって避けて通れない課題と言えるでしょう。

未来の医療は、AI vs 医師という対立構造ではなく、AI × 人間の協働によって形づくられるでしょう。
それは、テクノロジーの力と人間の温かさが融合した、これまでにない医療の形かもしれません。

患者一人ひとりの不安に寄り添い、医師の判断を的確に補佐し、誰かの”いのちの選択”を少しでも支える存在として、AIが進化していくことを、私たちは願ってやみません。
そのためには、私たち一人ひとりが賢い利用者となり、適切な期待と健全な懐疑心を持ち続けることが大切です。

まとめ:AIにできること・できないことを見極めよう

ChatGPT などの LLM は、がん医療において一定の効果を示していることは間違いありません。
情報提供の改善、コミュニケーション支援、診断の補助など、様々な場面での活用可能性が実証されています。

しかし同時に、診断や治療においてはまだ精度や安全性に課題があることも明らかになりました。
76% 程度の正確性は、命に関わる医療の現場においては十分とは言えないレベルです。

最も重要な認識は、AIは「道具」であり、「決定者」ではないということです。
どれほど高性能な道具も、それを使う人間の判断力や倫理観がなければ、適切に機能させることはできません。

安全で効果的なAI活用を実現するためには、人間の目・感覚・判断が不可欠です。
技術の進歩に合わせて、私たち人間側も成長し、適応していく必要があります。

そして最終的に目指すべきは「AIと人間が協力する世界」です。
それぞれの得意分野を活かし、お互いの弱点を補完し合うような関係性を築くことができれば、現在では想像もできないような質の高い医療が実現するかもしれません。

私たち一人ひとりにできることは、新しい技術に対して適度な期待と健全な懐疑心を持ち続けることです。
そして、自分自身の健康と命を守るため、常に学び続ける姿勢を忘れないことです。
未来の医療は、私たちの選択と行動によって形づくられていくのです。

参考:Large language model integrations in cancer decision-making: a systematic review and meta-analysis

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