すべての半導体に”地図を”持たせようとしている
スマホもクルマも、冷蔵庫でさえも。
私たちの暮らしのあらゆる場面で使われている”半導体”。
でも、もしそのチップが、知らないうちに軍事技術に転用されていたら?
今、アメリカの議会が動き始めました。
特定のAIチップなど先端半導体に「GPS 追跡」を義務づけるという、前代未聞の法案「Chip Security Act(チップ安全保障法)」を提案。
2025 年5月15日に超党派の8人の下院議員によって導入されました。
その背景には、世界が抱える深刻なリスクと、不透明な”テクノロジーの旅路”がありました。
半導体の輸出ルートにある”見えない抜け道”
まずは、大前提からお話しましょう。
半導体は今「現代の石油」とも言われるほど、経済や軍事、日常生活のあらゆる場面に不可欠な存在です。
特にAIやドローン技術、ミサイル機器などに使われる高性能チップは、合衆国の安全保障にも直結する「戦略資源」とされています。
このため、アメリカはすでに、中国への先端半導体輸出を制限するなど、さまざまな対策を講じてきました。
ですが、そこには大きな問題があるのです。
それは「一度輸出された半導体が、別の経路を通って、最終的に意図しない相手に渡ってしまう」という”半透明な流通ルート”の存在です。
ミシガン州の共和党議員ビル・ハイゼンガは「これらの先端AIチップが悪意ある主体の手に渡ることがないよう、輸出管理が回避されていないことを確実にするためのセーフガードを導入する必要がある」と述べています。
それはまるで「誰が乗っているかわからないタクシー」が、国境を次々と跡を残さず駆け抜けていくようなもの。
その軌跡を見えるようにすること。
それこそが、GPS 義務化案の核心なのです。
GPS 追跡は実現できるのか? 技術とコストのリアル
もちろん、これは簡単な話ではありません。
半導体は、電子機器のコアに使われるような極めて小さく精密な部品。
そこに GPS 機能をどう組み込むのか、技術的な課題も多く、コストも無視できません。
チップのパフォーマンスや消費電力への影響、新たな脆弱性の導入といった懸念もあります。
法案では、対象となるのは輸出管理分類番号 3A090、3A001.z、4A090、4A003.z に分類される「対象集積回路製品」で、NVIDIA などの企業は、これらの製品に輸出前に位置確認メカニズムを組み込むことが義務付けられます。
法案成立から 180 日以内に実装することが求められていますが、具体的な技術的要件についてはあまり詳細が示されていません。
より広い視点では、このアプローチは国家安全保障と商業技術製品の前例のない融合を表しています。
技術は、自由を制限するものなのか?
当然ながら、GPS 追跡義務化には反対の声もあります。
企業にとってはコストや管理の負担が増える可能性がありますし、自由貿易の原則が損なわれるのではという懸念もあります。
政府が輸出された技術製品の”最終的な行き先”まで管理することに対して「やりすぎでは?」という批判も一部にはあります。
また、この監視要件は、技術的な分離を加速させる可能性もあります。
米国のチップに追跡メカニズムが組み込まれることで、中国などの国々は国内の代替品開発をさらに強化するかもしれません。
同盟国でさえ、米国政府によって監視できるチップに重要インフラを依存させることに疑問を持つかもしれません。
しかし、より広い視野で見れば、これはテクノロジー、商業、国家安全保障の関係における新しい章を記すものなのです。
この法案が超党派の支持を受けていることから、何らかの形の半導体監視は避けられないと考えられます。
「どこから来て、どこへ行くのか」を知ることの意味
この取り組みは、一見すると自分には関係ない遠い話のように思えるかもしれません。
でも、実は、私たちが今手にしているスマホや家電、自動車の中には、こうした”世界を巡る半導体”が組み込まれています。
それが「どこで作られ、どこを通って、どう届けられたのか」。
その旅路を見通せるようにすることは、私たちの暮らしの安心、そして世界の平和を支えるための、小さくても確かな一歩になるのです。
半導体の行き先を追うこと—それは、単なる物流管理ではありません。
それは「責任ある技術の使い方とは何か?」という、未来への問いかけなのです。
そして、チップに地図を持たせることが、私たちの社会全体に、もう一つの”信頼”を取り戻すきっかけになるかもしれません。
しかし同時に、それは「アメリカからの匿名の半導体の終わり」を意味するかもしれないのです。
参考:Congress pushes GPS tracking for every exported semiconductor
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