「保険金の請求って、思ったより時間がかかるんだな……」
事故や災害のあと、必要書類をそろえ、状況を説明し、連絡を待つ。
利用者側は不安を抱えたまま、担当者からの返信を待つことになります。
一方の保険会社も、実は同じくらい苦しい。
問い合わせは途切れず、確認事項は山ほどあり、しかもシステムは古くて複雑。
真面目に丁寧にやろうとするほど、現場の仕事は増えていく。
そんな”詰まり”をほどく切り札として、いま保険業界で注目されているのがエージェンティックAI(agentic AI)です。
単なるチャットボットではなく、仕事の流れそのものを最後まで進めてくれる「自律的なAIエージェント」。
この記事では、AI Newsの最新記事を土台にしながら、初心者の方にもわかる言葉で、なぜコスト削減につながるのか、導入のコツは何かをストーリー仕立てで深掘りします。
エージェンティックAIとは?「質問に答える人」から「用事を片づける人」へ
まず言葉の整理です。
従来のチャットボットは「質問に答える、または担当窓口へ回す」、いわば”案内係”です。
一方、エージェンティックAIは「必要情報を集め、足りない書類を依頼し、社内システムを更新し、次の手続きを進める」、いわば”段取り係のベテラン”なのです。
AI Newsの記事でも、従来型は「回答するか、待ち行列に回す」ことが多い一方で、エージェンティックAIは事故受付(First Notice of Loss)から、書類の追加依頼、保険契約や請求システムの更新、次のアクションの通知までを”端から端まで”扱える、と説明されています。
たとえるなら、チャットボットが「駅の案内板」だとしたら、エージェンティックAIは「乗り換えに迷うあなたの横に立って、切符を確認し、階段の近道まで一緒に行ってくれる駅員さん」です。
しかも、駅の構内が古くて複雑でも、行き先に着くまでの手順を覚えているタイプ。
「パイロット止まり」の壁:保険会社はAIを試しても”広げられない”
保険会社はデータが豊富で、判断業務のプロが多い。
いかにもAI向きです。
なのに、業界全体では試験導入(パイロット)を超えられないことが多い、とAI Newsは指摘します。
調査では、全社規模でうまくスケールできている保険会社はわずか7%だというのです。
理由は「興味がないから」ではありません。
多くの場合、足を引っ張るのは次の2つです。
1つ目は、レガシーシステム(古い基幹システム)です。
会社の歴史が長いほど、システムも継ぎ足しだらけ。
データがあちこちに散らばり、つなぐだけで一苦労。
2つ目は、分断されたデータ設計(フラグメント化)です。
部門ごとに持ち方が違い、同じ顧客でも「名前の表記」すら一致しない。
統合が進まず、AIに食べさせる材料が整いにくい。
しかも、そこに追い打ちをかけるのが業界の財務プレッシャーです。
記事では、保険業界が6年連続で年間1000億ドル超の損失を吸収してきたこと、そして高頻度の物件損害が”構造問題”になっている、と述べられています。
小手先の効率化では追いつかない局面が増えているわけです。
「Resolve, not route」:回すのではなく、解決する設計がコストを削る
ここで登場するキーワードが、記事に出てくる「Resolve, not route」。
意味はシンプルで「たらい回しにしない。解決まで持っていく」。
保険の現場でコストが増える典型は、次のような”往復”です。
顧客が状況を説明する。
会社が確認して折り返す。会社が書類が足りないので依頼する。
顧客が提出する。
会社が別部署に回す。
会社がさらに確認が必要になり……以下ループ。
この往復が増えるほど、オペレーションコスト(運用コスト)が膨らみます。
電話やメールの回数、担当者の作業時間、引き継ぎミスの修正。
さらに、損害調査や調整にかかる損害調査費用(Loss Adjustment Expenses, LAE)も増えやすい。
エージェンティックAIは、ここに「段取りの自動化」で切り込みます。
たとえば、顧客が事故連絡をした瞬間に、AIが必要書類のチェックリストを出し、足りない情報を追加で質問し、社内システムに反映し、次工程の担当へ最適に引き渡す。
言い換えると”人が判断すべきところ”だけを残し、前後の雑務を薄くするという発想です。
実例で見るインパクト:30%効率化、23日短縮、苦情65%減
「理屈はわかった。でも本当に効くの?」
ここが一番大事ですよね。
AI Newsの記事には、具体的な数字が出ています。
事例1:SedgwickとMicrosoftの「Sidekick Agent」
損害対応の専門企業SedgwickがMicrosoftと協力し、査定担当を支援するSidekick Agentを導入。
リアルタイムのガイダンスによって、保険金請求処理の効率が30%以上改善したとされています。
ここでのポイントは「置き換え」ではなく「相棒化」です。ベテランが頭の中でやっている”確認の順番”を、AIが横で支える。
新人がいきなり現場に立っても、迷子になりにくい。結果として、全体の処理が早くなり、ムダな手戻りが減る。
事例2:大手保険会社が80以上のモデルを導入
ある大手保険会社では、請求領域で80以上のモデルを実装。結果として、複雑案件の責任評価(liability assessment)が23日短縮、ルーティング精度が30%改善、顧客の苦情が65%減少という成果が出た、と記事は述べます。
23日短縮は、単にスピードの話ではありません。
滞留が減れば、担当者の”抱え込み”が減り、二重チェックや問い合わせ対応の波も小さくなる。
苦情が減るのは、顧客体験が良くなるだけでなく、クレーム対応コストも抑えられる。
コスト削減が「人員削減」ではなく「火消しの回数を減らす」方向で進むのが、現場にとって救いです。
導入がうまくいかない本当の理由:7割は技術ではなく組織
とはいえ、魔法の杖ではありません。
AI Newsは、スケーリングの課題の約70%は技術より組織要因だと述べています。
ここ、めちゃくちゃ重要です。
AIが賢くても、社内がこうだと詰まります。
部門が縦割りで、データもKPIもバラバラ。
「誰が責任者か」が曖昧で、優先順位が毎月変わる。
アクチュアリー(保険数理)やアンダーライター(引受査定)の人材不足で、そもそも改善の設計ができない。
そこで記事が提案するのが、AI Center of Excellence(AI CoE)の設置です。これは「AIの本部」のようなもので、ガバナンス(統制)と技術知見を集約し、バラバラ導入を防ぐ役割を持ちます。
たとえるなら、AI導入は”家のリフォーム”に似ています。
キッチンだけ最新にしても、配管が古ければ水漏れする。
部屋ごとに別の業者が勝手に工事したら、壁の中が迷路になる。
だからこそ、設計図を握る司令塔が必要になるのです。
失敗しない始め方:まずは「大量で繰り返す仕事」から
記事では、成功のコツとして次の考え方が示されています。
ビジネス目標と技術を揃えること、高頻度で繰り返しの多いタスクから始めること、フィードバックループでモデルを磨くこと、業界向けの”アクセラレーター”や事前構築フレームワークを活用し、導入とコンプライアンスを早めること、などです。
ここを、現場目線に翻訳するとこうなります。
いきなり「全社のAI化」は言わない。
まずは、問い合わせ一次対応、必要書類の回収、進捗連絡、社内の転記など”量が多くて、判断の型がある作業”を狙う。
小さく勝って、社内に「使える」実感を作る。
そのうえで、引受査定や不正検知のような高度領域へ広げる。
エージェンティックAIは、派手なデモより、地味な改善で真価を発揮します。
床に落ちた小石を拾い続けたら、いつの間にか歩きやすい道になっていた。そんな効き方です。
まとめ:コスト削減は「削る」より「詰まりをほどく」から始まる
AI Newsの記事が描くのは、「AIで人を減らす」という物語ではありません。
むしろその逆で、レガシーと分断で詰まった流れを、エージェンティックAIでほどき直すという話です。
全社スケールできている保険会社は7%。
6年連続で年間1000億ドル超の損失という重圧。
それでも、30%効率化や23日短縮、苦情65%減といった実例が出始めている。
最後に、読者のあなたへ小さなメッセージを。
もしあなたが保険に加入しているなら、将来の「請求のしやすさ」は、保険料と同じくらい大切になるかもしれません。
そして、もしあなたが保険会社側の人なら、AI導入の第一歩は”壮大な構想”よりも「今日、いちばん電話が鳴っている業務」を静かに見つめることから始まります。
コストは、削ると痛い。
でも、詰まりがほどけると、自然に軽くなる。
そんな未来に向けて、エージェンティックAIは今、保険の現場で動き始めています。
参考:How insurance leaders use agentic AI to cut operational costs
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