朝、目覚まし時計代わりのスマートフォンが震えます。
寝ぼけ眼で SNS をチェックし、通勤中に動画を流し、仕事ではクラウド会議に参加します。
ふと気づけば、私たちの1日は、ほとんどが「デジタルの記憶」に支えられています。
でも、その”記憶”がなかったら?
もしコンピュータが過去の情報をすぐに忘れてしまうとしたら—AIも、スマホも、ネットも、何も動きません。
2025 年第1四半期、そんな「世界の記憶装置」に静かな革命を起こした企業があります。
その名は SK hynix(エスケイ・ハイニックス)。
サムスンすら追い抜いて、ついに世界 No.1 の DRAM 企業に輝いたのです。
カウンターポイント・リサーチによると、SK hynix は 36% の市場シェアを獲得し、サムスンの 34% を上回っています。
AIが”記憶”を食べて育つ時代
AIは「考える機械」ではなく「記憶を高速に活用する機械」と言ったほうが正しいかもしれません。
どれだけ優れたアルゴリズムも、必要なデータを一瞬で取り出せなければ宝の持ち腐れです。
まるで、頭の中に地図があっても、それが引き出しの奥深くにしまい込まれていたら意味がないのと同じです。
ここで登場するのが、DRAM(ディーラム)というメモリです。
とくに最近注目されているのが「HBM(High Bandwidth Memory)」という超高速タイプです。
これは、普通の道を走る車ではなく、専用の高速道路を持つ特急列車のようなものです。
AIがスムーズに、そして爆速で”考える”ための要となります。
SK hynix が塗り替えた、半導体の歴史地図
これまで長年にわたり DRAM 市場を支配してきたのは、韓国のもう一つの巨人、サムスン電子です。
しかし、SK hynix は 2025 年第1四半期に、サムスンの30年にわたる支配を初めて崩しました。
また、2024 年第4四半期には営業利益でもサムスンを上回っています。
その理由は「HBM」にいち早く注力したことです。
AIの急激な成長を”読んだ”同社は、HBM に大規模投資を始め、主要 GPU メーカー(NVIDIA など)と強いパートナーシップを築きました。
まるで時代の波を読んで、最適な船を用意していたような鮮やかな動きでした。
その結果、SK hynix は HBM 市場の 70% を占める圧倒的なシェアを獲得しています。
加えて、市場調査会社 TrendForce によれば、SK hynix は 2025 年を通じてリーダーシップを維持し、HBM 市場のギガビット出荷量の 50% 以上を支配すると予測されています。
一方、サムスンのシェアは 30% 未満に低下し、マイクロン・テクノロジーはシェアを獲得して市場の 20% 近くを占めると見られています。
会社の哲学が生んだ”しなやかな強さ”
SK hynix の歩みは、決して派手ではありませんでした。
華やかな新製品の発表もなければ、大きなニュースになるような買収も少ないです。
けれども、社内では地道に技術を育て、未来を静かに見つめ続けていました。
「風に立つライオン」のように、嵐の中でも静かに立ち続けます。
そんな企業文化が、ここぞという場面で真価を発揮したのです。
これからの世界は”記憶”で動く
これからやってくるのは、AIが街を管理し、車が自ら走り、病院が患者の未来を予測する時代です。
そこにはすべて「一瞬も迷わず、必要な情報を引き出せる記憶力」が求められます。
その意味で、DRAM は”現代の脳”であり、SK hynix はその”海馬”です。
情報社会を支える見えない存在として、今後さらにその役割は増していくでしょう。
「人類の未来は、どれだけ速く思い出せるかで決まる」
私たちはこれから、ますますAIと共に生きます。
そして、そのAIの可能性は「記憶の質」で決まります。
しかし、業界アナリストたちは将来的な課題も指摘しています。
特に関税の影響や貿易ショックによる構造的課題が HBM DRAM 市場の成長に対する潜在的な脅威となる可能性があります。
カウンターポイント・リサーチのMSファン氏は「少なくとも短期的には、AIの需要は強いままであるため、このセグメントが貿易ショックの影響を受ける可能性は低い」と述べていますが、長期的にはリスクが残ります。
見えないけれど確かにそこにある”支える力”。
SK hynix の歩みは、私たちにこんなことを教えてくれます—
未来を変えるのは、派手な技術ではなく、静かに支え続ける”記憶”の力です。
参考:AI memory demand propels SK Hynix to historic DRAM market leadership
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