「AIに頼るお医者さんって、どう思いますか?」
ある日、あなたが信頼していた主治医がこんなことを口にしました。
「今回はAIの判断を元に、この薬を選びました」
そんなとき、あなたはどう感じるでしょうか?
安心しますか?
それとも少し不安になりますか?
実はこの問いかけ、医師同士の間でも議論になっているのです。
2025年に発表されたジョンズ・ホプキンス大学の研究によれば「AIを使う医師」を他の医師がどう評価するかを調べたところ、驚きの結果が明らかになりました。
調査で見えた「医師の評価」に潜むバイアス
この研究では、現役の医療従事者276人(医師178人を含む)に3つのシナリオを提示しました。
医師がAIを使わずに診断・治療を行う場合、医師がAIを主な判断材料として使う場合、そして医師が自分の判断をした後にAIで確認する場合です。
それぞれの医師について、他の医師たちは「この人の臨床能力」「全体的な医師としての力量」「患者体験の質」などを評価しました。
結果はというと、AIを主に使った医師は評価が大きく下がることが分かりました。
臨床能力スコアは平均3.79(7点満点中)で、通常の医師(AI不使用)のスコア5.93と比べて明らかに低い数値でした。
AIを確認として使った医師はやや改善され、スコアは4.99となりました。
つまり、AIを使うことで「医師としての腕が低い」と見なされやすい傾向があるというのです。
なぜ「AIに頼る医師」は評価が下がるのか?
この背景には、人間の深い心理が関係しているようです。
研究者たちは「助言を求める人は能力が低いと思われる」という過去の心理学研究に着目しました。
たとえば「部下が上司に相談する=判断力がない」と見なされたり、逆に「自分でやりきる人=デキる人」とされる傾向があります。
これと同じように、AIに頼る医師は”自分の判断力が弱い”と映ってしまうのです。
たとえそのAIの助言が正確で、患者にとって良い結果をもたらしたとしても、です。
これは「成功の手柄はAIのもの」と思われてしまい、人間としての評価が下がる「帰属の割引効果(attributional discounting)」とも呼ばれています。
それでも医師たちはAIの価値を認めている
では、AIを使うことに意味はないのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。
調査では、参加者がAIを診断の正確性を高めるのに役立つと評価していました(平均スコア4.30、7点満点中)。
特に、自院にカスタマイズされたAIであれば、その有用性はさらに高く評価されています(平均スコア4.96)。
つまり「AIは役に立つ、でも使ってる医師はちょっと…」という複雑な感情が見えてくるのです。
これはまるで、優秀な翻訳機を使う記者に対して「でも自分では翻訳できないんでしょ?」と感じるような、皮肉な構図にも似ています。
これからの医師は「AIとどう付き合うか」が問われる
この研究は、今後の医療現場に大きな示唆を与えています。
なぜなら、AIの活用はますます広がる一方で、使う側の医師が”信頼される”工夫をしなければならない時代が来ているからです。
そのためには、AIは「自分の判断の裏付け」として使うことを強調したり、患者や同僚に「なぜAIを使ったのか」を丁寧に説明したり「AIに頼る=無能」という偏見に向き合う勇気を持つといった”伝え方の設計”が求められてくるでしょう。
さらに、AIを最初の判断材料として使うと「確証バイアス(自分の最初の仮説を支持する情報を優先してしまう傾向)」が生じる可能性があります。
AIを検証ツールとして、自分の判断の後に使うことで、このバイアスを軽減できる可能性があるのです。
最後に: AIに「任せる」時代ではなく、「共に考える」時代へ
医師がAIを使う未来は、もう目の前です。
けれどもそれは「人が不要になる」未来ではありません。
むしろ、人の判断力とAIの知見がかけ合わさってこそ、本当に患者に寄り添える医療が生まれるのです。
そのためには「AIを使う人は信頼できない」というイメージを少しずつ変えていく必要があります。
AIは道具。その使い方が、信頼にも不信にもなる。
これからの医療は「どんな道具を使うか」ではなく「どう使うか」「誰がどう使うか」が問われる時代になりそうです。
参考:Peer perceptions of clinicians using generative AI in medical decision-making
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