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病理スライド一枚から遺伝子が読める時代へ──AIが切り開く新しいがん診断

AI

病院の一室。
病理医が顕微鏡をのぞき込み、複雑に広がる細胞の海をじっと観察しています。
「この組織の奥に、がんの秘密が隠れている…」
しかし、その秘密を解き明かすには、高価な遺伝子解析が必要でした。
時間もお金もかかり、すべての患者に届くとは限らない。

そんな壁を越える「新しい眼」として登場したのが、AIです。
まるで病理医の隣に座る”第2の眼”のように、顕微鏡スライドの中からがんの遺伝子のささやきを聞き取る技術が現れました。

世界初の挑戦:一度に複数の遺伝子を読むAI

今回紹介するのは、2025 年に発表された多施設共同研究です。
研究者たちは「マルチターゲットAI」という新しいモデルを作り上げました。

これまでは「KRAS 変異だけ」「BRAF 変異だけ」と、遺伝子ごとにAIを作り直す必要がありました。
例えるなら、ひとつひとつの鍵で別々の扉を開けるようなもの。
効率が悪く、労力もかかります。

ところが今回のAIは、ひとつの万能の鍵で、複数の扉を同時に開けられるのです。

  • 対象は大腸がん患者 1,912 人のデータ
  • 病理スライドから BRAF、KRAS、RNF43、MSI(マイクロサテライト不安定性)などを一度に予測
  • MSI に関しては精度 90% 以上と、従来のモデルに匹敵、あるいはそれ以上の成果を達成

特に MSI は、がん組織の見た目に特徴的な「指紋」が残るため、AIはそれを敏感に見抜くことができました。

どうしてそんなことが可能なの?

がんの遺伝子変化は、私たちが思う以上に「姿かたち」に表れています。
たとえば、MSI を持つ大腸がんは、粘液を多く含んだり、リンパ球がたくさん集まっていたりと、独特の「顔つき」をしているのです。

AIは膨大な数のスライドを学習することで、わずかなパターンの違いを見抜きます。
人間の目には見逃されるかもしれない”細胞のさざ波”を、AIはしっかりと聞き取ってくれるのです。

未来へのインパクト

では、この技術が実用化すれば何が変わるのでしょうか?

  • 診断がスピーディーに
    わざわざ高額な遺伝子検査を受ける前に、スライド一枚で予測ができる
  • コスト削減
    世界中の病院で使える安価なスクリーニングツールに
  • 医療格差の解消
    高度な検査設備のない地域でも、AIが「がんの遺伝子の声」を届けてくれる

ただし、課題も残っています。
MSI に頼りすぎると、他の遺伝子変化を独立して見抜くのが難しい。
さらに、学習データが欧米中心であるため、多様な人種・背景に対応できるかは検証が必要です。

終わりに──「一枚のスライドが命を救う未来へ」

今回の研究は、まだ序章にすぎません。
けれども確かに、AIは私たちに「顕微鏡のその先」を見せてくれました。

病理スライド一枚から、がんの遺伝子の物語を読み解く。
それは、がん治療のスタートラインを世界中の患者に平等に引き直すことにつながります。

「この一枚のスライドが、誰かの命を救うかもしれない」──そう思える未来が、すぐそこまで来ています。


AIは冷たい機械ではなく、病理医とともに患者を守る”もうひとつの眼”。
その眼が広がれば、がん診断の風景は大きく変わるはずです。

参考:Assessing genotype−phenotype correlations in colorectal cancer with deep learning: a multicentre cohort study

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