見えないリスクに怯える日々
「糖尿病と診断されたけれど、血糖値さえ気をつけていれば大丈夫」と、ある50代の男性が語ってくれたことがあります。
けれど、その言葉の裏には「心臓が突然止まるようなことなんて、起こるわけがない」といった無意識の油断が潜んでいるのかもしれません。
実は、糖尿病、とりわけ2型糖尿病(T2DM)は、「沈黙の心臓病」とも言える冠動脈疾患(CHD)を引き起こす高リスク因子なのです。
さらに厄介なのは、糖尿病患者の CHD は、胸の痛みなど典型的な症状が現れにくいということ。
つまり「気づいたときには手遅れ」というケースも少なくないのです。
では、どうすれば早期にこの危機を察知できるのでしょうか?
その答えの一つとして、AI=人工知能が導き出した「新しい診断モデル」が、今、注目されています。
「糖尿病 × 心臓病 × 機械学習」──医療の新しい三角関係
中国・重慶医科大学の研究チームは、2015 年から 2021 年にかけて収集した 2,500 人以上の糖尿病患者の医療データをもとに、心臓病の発症リスクを予測するモデルを開発しました。
特徴的なのは、彼らが用いたのが人間の直感ではなく「機械学習」、つまりAIのロジックだという点です。
これはまるで、探偵が何百もの証言の中から事件の真相を浮かび上がらせるような作業。
研究者たちは48項目にも及ぶ検査データから「心臓病の発症と強く関係する指標(=証拠)」を絞り込み、最も精度の高い予測モデルを設計しました。
その結果、最も優れたパフォーマンスを発揮したのが、XGBoost というAIモデルに、LightGBM という別のAI手法を組み合わせた”ハイブリッドAI”による診断モデルでした。
診断の精度を示す AUC(正確度)は、0.814 という非常に高い数値。
これは「約 81% の確率で正しく心臓病を予測できる」ことを意味しています。
心臓病を予測する「13の手がかり」
このAIは何を根拠にリスクを判断しているのでしょうか?
実はモデルの中で特に重要とされたのは、次の13の指標です:
血液検査で分かる指標
- HbA1c(過去2〜3か月の血糖の平均):血糖コントロールのバロメーター
- クレアチニン(Crea):腎機能の指標で、腎臓と心臓は密接な関係にあります
- AST(肝酵素):心筋のダメージも反映
- Lp(a):悪玉コレステロールの親戚のような存在
- Apo AI:善玉コレステロールを構成する重要なタンパク質
- フィブリノーゲン(FIB):血液を固めるタンパク質で、動脈硬化に関係
- HDLコレステロール(HDL-C)
- アルブミン(ALB):栄養状態や炎症の指標
- 血糖値(Glu)
- 総タンパク(TP)
基本的な健康状態
- 高血圧の有無
- 喫煙歴
- 年齢
これらは、どれも日常的な健康診断で測定できる項目です。
つまり、特別な検査や高価な機械がなくても、これらの情報を組み合わせることで心臓病の「兆し」にいち早く気づけるというわけです。
医師とAIの二人三脚がつくる未来
従来、心臓病の診断には冠動脈造影などの侵襲的な検査が必要でした。
しかし、誰もがその検査をすぐに受けられるわけではありません。
だからこそ、こうした「非侵襲的で、安価で、汎用性の高い診断補助モデル」は、現場の医師にとっても、患者さんにとっても心強い味方になります。
たとえば、糖尿病の患者さんが定期的な診察に訪れた際、AIが医師に「この人は心臓病のリスクが高いかもしれません」とささやいてくれる──そんな未来がもうすぐそこまで来ています。
心を守るには、まず「知る」ことから
「心臓病なんて自分には関係ない」
そう思っていませんか?
でも、糖尿病を患っている人にとって、心臓は“沈黙のうちに壊れていく臓器”でもあります。
今回紹介したAIモデルのように「見えないリスク」を見える化する技術は、これからの医療に欠かせない存在になるでしょう。
だからこそ、まずは知ること。
そして、自分の健康を”数字”だけでなく”意味”としてとらえることが、あなたの心臓を守る第一歩になるのです。
参考:Machine learning-based coronary heart disease diagnosis model for type 2 diabetes patients
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