「最近、ずっと頭が重い。病院に行くほどじゃないけど、なんとなく不安…」
親しい友人がそんなことをつぶやいたとき、あなたならどう返しますか?
私たちは、日常の不調に慣れすぎているのかもしれません。
しかし、その”なんとなく”が、時に重大な病のサインであることもあるのです。
特に、脳腫瘍――命に関わるにもかかわらず、早期発見が難しいがんのひとつです。
しかし、もうすぐ”ほんの一滴の血液”で、その答えがわかる時代がやってくるかもしれません。
「がんの落とし物」を読み取る、新しい方法
私たちの血液の中には、日々ごくわずかに「細胞のかけら」が流れています。
これが「cfDNA(cell-free DNA)」――死んだ細胞から放出される、いわば”細胞の落とし物”です。
がん細胞も例外ではなく、それらもまた、微細な”痕跡”を血中に残します。
ジョンズ・ホプキンス大学を中心とする国際研究チームは、この cfDNA に着目し、脳腫瘍を”非侵襲的”に検出する革新的な方法を開発しました。
痛みもなく、時間もかからず、MRI やCTのように高額でもない。
それは、まるで血液が「脳からのメッセージ」を通訳してくれるような技術なのです。
「ARTEMIS-DELFI」――DNA の”形”と”リズム”を聴く
研究チームが開発したのは「ARTEMIS-DELFI(アルテミス・デルフィ)」という二つの解析法を組み合わせた診断モデルです。
- DELFI は、cfDNA の”断片の長さや分布”を分析。がん細胞特有の断片化パターンを捉えます。
- ARTEMIS は、DNA の”リズム”とも言える繰り返し配列やエピジェネティックな変化を見極めます。
この二つを機械学習で融合させた結果、90% という高い精度で脳腫瘍を検出できたのです。
しかも、その多くがごく初期の小さながんでした。
まるで、海に漂うボトルメールから、誰にも気づかれなかった SOS を拾い上げるように。
どんな小さな「がん」も、見逃さない
この技術の優れた点は”大きさ”に関係なくがんを見つけ出せること。
たとえ 2cm 未満の小さな脳腫瘍でも、血液の中に異変は記録されている――そう、がん細胞は知らぬ間に「自らの存在を証明する署名」を血中に放出しているのです。
さらに注目すべきことに、この cfDNA はがん細胞そのものだけでなく、がんによって変化した免疫細胞の痕跡までも含んでいます。
つまり、脳腫瘍が体に引き起こす”波紋”をも読み取れるのです。
これは、既存のどんな検査法にもない特長です。
頭痛の裏にある”もしも”に、血液が答える
研究チームはこの技術を実際の医療現場に導入した場合をシミュレーションしました。
その結果――現在の方法では見逃されていた数千人規模の脳腫瘍患者が、血液検査によって早期発見できる可能性があることが明らかになりました。
この一滴の血液が、これまで曖昧にされてきた「この頭痛、なんだろう?」という問いに、確かな答えをもたらすようになるのです。
「未来は、血液の中にある」
MRI も、CTも、手術も、もちろん重要です。
しかし、それらは”何かあった後”に用いられる手段です。
私たちが真に必要としているのは「何かが起きる前」に介入してくれる技術なのです。
cfDNA 解析は、まさにその扉を開こうとしています。
「なんとなく調子が悪い」
「最近、少し物忘れが増えた気がする」
そんな日常のささやかな不安に、血液は静かに答えてくれるかもしれません。
未来は、私たちの体の中――血液の中に、すでに流れているのです。
参考:Detection of brain cancer using genome-wide cell-free DNA fragmentomes
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