あなたの体の中では、今この瞬間も、何兆という細胞がせわしなく働いています。
まるで大都市のように、秩序と混沌が共存し、分子という小さな市民たちが信号を送り合っているのです。
けれど私たちは、そんな精巧なシステムの全容を、まだほとんど知りません。
どうしてある遺伝子は病を引き起こし、どうしてある分子は命を救うのか。
生命は、今も私たちにとって最大の謎です。
でも、もしその謎が、AIの力で少しずつ読み解かれていくとしたら──?
データの海に、「意味」という羅針盤を
バイオロジーの世界には、すでに山のようなデータが存在します。
ゲノム配列、タンパク質構造、薬剤反応、臨床記録…。
まるで広大な海のように、情報は溢れています。
でも、それを読む”地図”がない。
だから、研究者は勘と経験、そして膨大な時間をかけて一歩一歩進んでいました。
そこに登場したのが、Eric Schmidt が支援する非営利団体「FutureHouse」の新しいAIツール「Finch」です。
このAIは、研究データに”意味”という羅針盤を与える存在。
データの点と点を結び「ここに何かがある」と知らせてくれるのです。
研究者とAIが「語り合う」時代へ
FutureHouse のAI「Finch」の特徴は、生物学データ(主に研究論文の形で)と問いかけ(例:「がん転移の分子的要因について教えて」)を入力すると、コードを実行して図を生成し、結果を調査してくれること。
共同創業者兼 CEO の Sam Rodriques 氏は、このツールを「1年目の大学院生のよう」と表現しています。
「これを数分でできることは超能力のようなもの」と Rodriques 氏は述べています。
「Finchは実際にとても興味深いものを見つけ出します。社内のプロジェクトでは、とても素晴らしいことがわかりました」
それは、道なきジャングルの中に突如現れたコンパスのようでもあり、誰も知らない星を示す天体望遠鏡のようでもあります。
科学の「創造力」が、AIで加速する?
FutureHouse の提案は、多くのスタートアップや技術大手と同様に、Finch などのAIツールがいつか科学プロセスのステップを自動化するというものです。
OpenAI の CEO Sam Altman 氏は今年初めのエッセイで「超知性」AIツールが「科学的発見とイノベーションを大幅に加速する可能性がある」と述べました。
同様に、最近「AIフォーサイエンス」プログラムを立ち上げた Anthropic の CEO は、AIが多くのがんの治療法の策定に役立つと大胆に予測しています。
しかし、証拠は不足しています。
多くの研究者は、現在のAIが科学プロセスを導くのに特に有用だとは考えていません。
特筆すべきは、FutureHouse がまだAIツールで科学的ブレークスルーや新たな発見を成し遂げていないことです。
科学は、AIで簡単に進むのか?
意外かもしれませんが、AIの進化は、科学を冷たいものにするのではなく、むしろ人間的なものに近づける可能性を秘めています。
なぜなら、情報を整理し、意味を見出し、共に未来を考える。
それは「対話」という、人間らしい営みだからです。
もしかしたら、未来の研究室ではこう語られているかもしれません。
「あの仮説、AIが投げかけてきたんだよね。」
「でも、そのおかげで新しい薬ができたんだ。」
しかし、生物学、特に創薬の側面は、AI企業にとって魅力的な標的です。
Precedence Research によると、この市場は 2024 年に 658.8 億ドルの価値があり、2034 年までに 1,603.1 億ドルに達する可能性があります。
一部の成功例はあるものの、AIは実験室で即座の魔法のような解決策を提供していません。
Exscientia や BenevolentAI など、創薬にAIを採用している複数の企業が、近年の臨床試験で高い失敗率を経験しています。
データの中に「生命の声」がある?
「Finch は愚かな間違いを犯す」と Rodriques 氏は認めています。
そのため、FutureHouse はバイオインフォマティシャンと計算生物学者を募集して、クローズドベータ版の精度と信頼性を評価し、トレーニングを支援しています。
FutureHouse が作ったのは、そんな声を聞き取る”新しい耳”。
それは、ただの分析ツールではありません。
未来のバイオロジーを形づくる、共創のパートナーを目指しています。
科学が遠い世界のものだと思っていたなら、それはもう昔の話かもしれません。
これからの時代、AIという新しい仲間と一緒に、生命の神秘を”理解できる”世界が始まろうとしています。
ただし、その道のりはまだ険しいかもしれません。
あなたは、その未来をどう見ますか?
参考:FutureHouse previews an AI tool for ‘data-driven’ biology discovery
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