「もし2つの選択肢を、同時に考えながら判断できたら—」
そんな思考、あなたにも覚えがありませんか?
私たち人間は、日々の判断で「あれもあり得る、でもこれも…」と複数の可能性を頭の中で同時に抱えて考えることがあります。
一方、AIはこれまで、基本的には”一本道の思考”で問題を解いてきました。
しかし今「思考を重ね合わせる」ことでAIの推論力を大きく引き上げる技術が生まれつつあります。
その名も—Chain of Continuous Thought(COCONUT:連続思考)。
本記事では、AIの新しい思考形態「連続思考」の理論と実験成果をやさしく解説しながら、それが私たちにもたらす未来を紐解いていきます。
AIの”思考”はどこまで来たのか?
大規模言語モデル(LLM)は、数学、論理、計画といった複雑な問題にも取り組めるようになってきました。
特に「Chain of Thought(CoT)」という方法で”考える過程”を段階的に出力することで、AIの精度が向上してきたことは広く知られています。
けれども、こうした”離散的な思考”には根本的な限界がありました。
たとえば迷路のような問題を解くとき、CoT は一つのルートしかたどれず、行き止まりに遭遇すればやり直しです。
これはまるで、1本の鉛筆だけで試行錯誤するようなもの。
そんなとき、もっと柔軟に、もっと広く「可能性」を見渡せる力が必要だったのです。
重ね合わせる”連続思考”が登場
ここで登場するのが「Chain of Continuous Thought(COCONUT)」です。
この仕組みでは、AIは思考の”ベクトル”を連続的に変化させながら、複数の選択肢を同時に保持することができます。
例えるならば、AIが道を探すとき、透明な糸を何本も張り巡らせて、可能性のあるルートすべてに触れていくようなイメージです。
最終的に、最も有望なルートだけが自然に浮かび上がってきます。
この「重ね合わせ」の概念は、量子力学にも通じる不思議さを持っています。
けれど、これは単なるアイデアではありません。
今回の研究では、実際に理論的な正しさと、実験的な成功の両方が示されたのです。
二層のAIで、迷路の出口を一瞬で見抜く
研究チームは、難問として知られる「有向グラフ到達性問題」に挑みました。
これは、あるノードから別のノードへ到達可能かどうかを判断する問題で、さまざまな現実世界のタスク(ルート探索、知識グラフの推論など)に応用されています。
従来の方法(離散的な CoT)では、この問題を解くために O(n²)のステップが必要でした。
ところが連続思考を使うと、グラフの直径Dだけのステップで解けることが理論的に証明されたのです(D ≪ n)。
ここでグラフの直径とは、任意の2つのノード間の最長パス長のことです。
つまり、わずか2層の Transformer 構造でも、問題を効率的に解けるという衝撃的な結果です。
実験で見えた「思考のかたち」
では、実際にAIは”重ね合わせの思考”をしているのでしょうか?
研究チームは、連続思考で推論を行うモデルの中身を詳細に調べました。
実験では、2層の Transformer が12層の従来モデルを上回る性能を示し、その結果わかったのは:
- AIは、複数の可能性を一度に考慮している
- 思考が進むごとに、次に拡張すべき”最前線”に注目している
- 正解へのルートだけでなく、それ以外の道筋も含めて保持している
つまり、AIが「同時にたくさんの仮説を持ちながら、徐々に答えを絞っていく」様子が、実際に再現されていたのです。
人間らしい”迷い”も持つAIへ?
この技術が特に興味深いのは、「正解だけを見る」のではなく「途中の思考を保留しておく」という、まるで人間のような”迷い”や”柔軟さ”をAIに与える点です。
私たちは日常的に、あらゆる可能性を心の中で重ね合わせながら行動を選んでいます。
AIがこれに似た構造を持ち始めたというのは、技術としても、哲学的にも大きな一歩ではないでしょうか。
「一つに決めない強さ」がAIを変える
この研究は、単なるアルゴリズムの改良にとどまりません。
「思考は、分岐点を減らすことではなく、持ち続けることで深くなる」という、人間にも通じる本質を突いています。
未来のAIは、思考の道を一本化するのではなく、複数の道をしなやかに保ち続けながら、もっと豊かな判断をするようになるかもしれません。
そして私たちも、そうしたAIと一緒に「正解のない問い」に取り組んでいけるようになるはずです。
参考:Reasoning by Superposition: A Theoretical Perspective on Chain of Continuous Thought
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