あなたのスマホの”中身”、どこの国にあるか知っていますか?
あなたのスマホには、日々の写真、家族とのメッセージ、仕事の重要なファイルなど、かけがえのない情報が詰まっています。
でも、そのデータは実は”見えない国境”を越えて、あなたの知らないどこかの国に保存されているかもしれないのです。
もし、その国の法律によって突然データにアクセスできなくなったとしたら?
あるいは、あなたの知らない誰かがAIを使って、その情報を解析していたとしたら?
こうした懸念は、もう他人事ではありません。
そして今、その未来を変えようとしている企業があります。
それが、ドイツの巨大ソフトウェア企業SAPです。
SAPが語る「主権」の新しいかたち
SAPはヨーロッパにおけるAIとクラウドの”主権”に関する新たなビジョンとして「EU AI Cloud」を発表しました。
その核心は「欧州の組織に、より多くの選択肢とコントロールを提供する」というものです。
ここで言う”主権”とは、単なる国境を守るという意味ではなく、デジタルの世界で「誰がデータを管理するのか」「誰がAIの意思決定を支配するのか」といった、もっと深い問いに応えるもの。
例えるなら、それは”あなたの頭の中を誰がのぞいているか”という話に近いかもしれません。
私たちの個人情報やビジネスデータが、他国の企業やAIに無断で分析・判断されるとしたら、それは知らぬ間にハンドルを誰かに渡してしまっているようなものです。
SAPが目指すのは、そのハンドルを「ヨーロッパ自身の手に戻すこと」。
「信頼されるAI」のための基本方針
SAPは、ヨーロッパがテクノロジーにおける自立と信頼性を確立するために、いくつかの重要な方針を示しています。
まず、データの主権です。
組織自身がデータの所有権とコントロールを持つことを重視します。次に、クラウドの柔軟性として、SAPの独自データセンター、信頼できる欧州プロバイダー、あるいはオンサイトでの完全管理など、複数の選択肢を確保しています。
さらに、AIの透明性を掲げ、AIの意思決定プロセスを明示し「なぜその判断に至ったのか」が分かるようにします。
そしてEU規制との整合性を図り、欧州AI法案(AI Act)を含む、倫理的・法的基準との整合を目指しています。
特筆すべきは、SAPがCohereとの協業を通じて、Cohere Northという新しいAIツールを提供し始めたことです。
これにより、厳格なデータ居住要件を持つ業界でも、データを欧州外に移動させることなく、最先端のAIを日常業務に組み込めるようになります。
なぜ今「ヨーロッパの主権」なのか?
この取り組みの背景には、国際的なクラウド市場におけるアメリカのハイパースケーラー(大規模クラウド事業者)への依存があります。
主要なクラウドインフラは、米国の大手テクノロジー企業に依存しているのが現実です。
EU AI Cloudは、こうした依存状態から脱却し、データとAIの判断基準をヨーロッパ自身が握ることを目指しています。
SAP Sovereign Cloudを通じて、顧客は必要なレベルのコントロールを選択できます。
すべての処理は欧州のデータセンター内で行われ、米国のハイパースケーラーから分離された環境で運用されます。
SAPは、Cohere、Mistral AI、OpenAIなどのパートナーと連携し、これらのモデルをSAP Business Technology Platform(SAP BTP)に統合しています。
企業はSaaS、PaaS、IaaSとして必要なツールにアクセスでき、SAP基盤上または承認された欧州パートナー上で実行する場所を選択できます。
多様なセキュリティニーズに応える展開オプション
EU AI Cloudは、組織のセキュリティニーズに応じて、以下のような展開オプションを提供しています。
SAP Sovereign Cloud on SAP Cloud Infrastructure(EU)では、オープンソースツールをベースとしたSAPのIaaSが欧州のデータセンターネットワーク内で稼働し、データはEU域内に留まります。
SAP Sovereign Cloud On-Siteでは、インフラはSAPが管理しますが、顧客が選択したデータセンターに設置され、最高レベルのデータと運用の制御を実現します。
また、一部の顧客向けには、グローバルなクラウドプロバイダー上でSAPの商用SaaSを実行しながら、地域のニーズに応じた主権機能を追加することも可能です。
さらに、ドイツの公共部門向けには、Delos Cloudという主権クラウドサービスが提供され、政府組織のデジタルシステム近代化を支援します。
未来を他人任せにしないために
SAPの提言は、単なる企業戦略ではありません。
それは「私たちの未来を誰が形作るのか?」という、根本的な問いかけです。
AIやクラウドの進化は、私たちの生活をますます便利にしてくれます。
しかしその裏側で、”誰が設計し、誰がコントロールしているのか”という視点を持つことが、これからの時代を安心して生きるための鍵になるのです。
あなたが毎日使っているアプリやサービス。
その見えない仕組みに、少しだけ想像力を働かせてみてください。
未来のテクノロジーを「ただ与えられる」側から「選び取る」側へ。
その一歩を、私たち自身の手で踏み出していきましょう。
参考:SAP outlines new approach to European AI and cloud sovereignty
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