ある日、あなたのスマホに届くニュース通知やSNSのタイムラインが、まるで自分の考えを代弁しているかのように感じたことはありませんか?
共感できる投稿に囲まれ、反対意見には自然と距離を取る。
気がつけば、自分と似た考えの人たちばかりが周りにいる。
そんな「心地よい世界」が、じつは誰かの意図によってデザインされたものだとしたら?
今回ご紹介するのは、シカゴ大学の研究者Nadav Kunievsky氏による論文「Polarization by Design」。
この研究は、AIによる説得コストの劇的な低下が、いかに社会の分断(ポラリゼーション)を「戦略的に」加速させるかを理論的に明らかにした、非常に示唆に富んだ内容です。
「分断」は自然現象ではなく、選ばれる戦略になった
これまで社会の分断は、所得格差やメディア環境の変化など、外部要因による「副産物」だと考えられてきました。
しかしKunievsky氏は、まったく新しい視点を提示します。
「ポラリゼーションは、エリートが意図的に選ぶ”統治の道具”になった」
これはどういう意味でしょうか?
民主主義社会では、政策を実行するためには「多数の支持」が必要です。
つまり、政党や政府といったエリート層は、市民の意見を味方につけなければ何も動かせないのです。
そして今、AIの進化によって状況は一変しました。個々人に合わせたメッセージを瞬時に作成し、タイミングよく届ける。
かつては莫大な予算と時間が必要だった「世論の説得」が、ほぼリアルタイムで可能になったのです。
分断がもたらす「保険」と「柔軟性」
では、なぜエリートはわざわざ社会を分断させるのでしょうか?
それは、「いつ何が起きるかわからない未来」に備えるためです。
論文では、以下のような状況をモデル化しています。
エリートは、その時々で自分にとって有利な政策を実行したい。
しかし、未来に何が最適かは分からない。
だからこそ、社会の意見がちょうど「真ん中(50対50)」に分かれていれば、将来の政策変更が容易になる。
たとえば、今は「政策A」を実行したい。
でも将来「政策B」が必要になったとき、社会がすでに極端にA寄りだと、大きなコストをかけて意見を変えなければならない。
そこで、あえて世論を「拮抗状態」に保つことで、どちらの政策にもすぐに対応できる柔軟性を持たせるのです。
つまり分断は、未来に備える「保険」のような役割を果たしているのです。
ライバルがいると話は変わる? 二者対立のジレンマ
ところが、政治に「対立するエリート」が存在すると、話は少し複雑になります。
もし自分が世論を真ん中に寄せたとしても、次に政権を握ったライバルがその状態を簡単に利用し、逆方向に一気に舵を切るかもしれない。
そうすると、自分が築いた土台を「横取り」されてしまうのです。
そのため、ライバルの存在を意識したエリートは、むしろ意見を一方向に偏らせることで「世論を固定」しようとします。
これを研究では「semi-lock(半固定)」と呼んでいます。
ここで興味深いのは、AIによる説得コストが下がれば下がるほど「分断が加速するか、逆に抑制されるか」が環境次第で変わるという点です。
ひとつのエリートが安定して政権を握るなら分断が進む。エリートが頻繁に入れ替わるなら、競争によって分断が抑制される可能性がある。
これは、まさにAI時代の新しい政治ゲームのルールといえるでしょう。
「心に響く言葉」も、AIが設計する未来
AIが人の心を動かす言葉を設計し、それをリアルタイムで届ける未来は、すでに始まっています。
この研究が描く世界は、決してフィクションではありません。
GPT-4などの大規模言語モデルによって、人々の信念や感情に「寄り添うように見せかけて操作する」ことが、現実的に可能になっています。
私たちが毎日触れているSNSの投稿、ニュースの見出し、動画広告。
それらの背後には、見えない誰かの意図があるかもしれません。
「分断の時代」に、私たちができること
この研究は最後にこう問いかけます。
「AIによる説得技術の進化は止められない。ならば、それをどう使うのか?どのような制度でその力を制御すべきか?」
テクノロジーは中立ではありません。その使い方次第で、民主主義の土台を強化することも、脆くすることもできます。
だからこそ今、私たち一人ひとりが「何を信じるか」を他人に委ねすぎず、情報との付き合い方を考えることが求められているのです。
さいごに 読後のあなたへ
私たちは今、「説得される側」であると同時に「考える力を持った存在」でもあります。
誰が、なぜ、どのように世論を作っているのか。
その裏側を知ることで、情報に振り回されるのではなく、主体的に向き合える自分でいられるはずです。
未来のAI社会を形作るのは、技術そのものではなく、それをどう受け止め、どう使うかを選ぶ私たちです。
参考:Polarization by Design: How Elites Could Shape Mass Preferences as AI Reduces Persuasion Costs
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