ある日、友人から送られてきたプレイリストを何気なく再生したときのことです。
メロディは美しく、ボーカルも完璧。
でも、何かが引っかかる。
心に響くはずの音楽が、なぜか”無機質”に感じたのです。
後から知ったのは、その楽曲がAIによって作られたものだった、という事実。
驚きと同時に、私の中に小さな疑問が芽生えました。
「音楽って、誰が作るかは関係ないのだろうか?」
この問いに、ひとつの答えを出そうとしている企業があります。
それが音楽配信サービス「Deezer(ディーザー)」です。
Deezerの挑戦:AI生成音楽を検出し、他社にも技術を提供
2026年1月29日、Deezerは画期的な発表を行いました。
これまで自社プラットフォームで運用してきた「AI生成楽曲の検出ツール」を、他の音楽配信サービスにも提供し始めたのです。
つまり、SpotifyやYouTube Music、Apple Musicなどが希望すれば、Deezerが開発したAI楽曲検出技術を使って、AIが作った音楽を識別できるようになるということ。
一見すると技術的なニュースですが、これは音楽業界全体の価値観にかかわる、大きな一歩です。
そもそも、なぜAI音楽が問題なの?
AIによって作られる音楽は、日々そのクオリティを高めています。
いまでは、人の耳では区別がつかないほど自然で魅力的な楽曲が次々と生成されています。
しかし、ここに大きな課題があるのです。
不正ストリーミングの急増:
Deezerの報告によると、完全にAIで生成された楽曲のストリーム数の85%が不正と判断されています。
現在、Deezerには1日あたり6万曲のAI生成楽曲が投稿され、検出された楽曲の総数は1,340万曲に達しています。
2025年6月時点では日次アップロードの18%、2万曲超だったことを考えると、わずか7カ月で約3倍に増加したことになります。
著作権とロイヤリティの問題:
AIが生成した音楽が既存のアーティストの曲に酷似している場合、誰が責任を取るのでしょうか?
また、不正なストリーミングによってロイヤリティプールが汚染され、本来人間のアーティストに支払われるべき報酬が減少する恐れがあります。
透明性の欠如:
リスナーが「人が作った」と思って聴いていた曲が、実はAIの自動生成だったとしたら?
情報開示がなければ、リスナーは知らないうちに誤解したまま音楽を消費することになります。
音楽の”価値”の変化:
人間の経験や感情から生まれる表現と、データから導かれたアルゴリズム。
その違いを、私たちはどう受け止めるべきなのでしょう?
これらの問題に真っ向から向き合おうとしているのが、今回のDeezerの動きなのです。
なぜDeezerがこの戦いの先頭に立つのか?
Deezerはフランスを拠点とする音楽配信サービス。
Spotifyなどと比べると利用者数では劣るものの、その分「音楽と真剣に向き合う姿勢」が際立っています。
2025年6月、Deezerは「AIが作った音楽」にラベルを付け、アルゴリズムやエディトリアルのレコメンデーションから除外するという取り組みを開始しました。
これにより、リスナーは「どんな背景でその音楽が生まれたのか」を理解したうえで選択できるようになりました。
今回の新発表では、それをさらに一歩進め、業界全体でAI音楽の透明性を高めようとしているのです。
また、Deezerは2024年10月に「AI学習に関するグローバル声明」に署名した最初の音楽ストリーミングプラットフォームとなり、俳優のケイト・マッキノン、ケヴィン・ベーコン、キット・ハリントン、ローズィー・オドネルなど著名なクリエイターたちとともにAIの倫理的利用を訴えています。
これは、まるで”食品表示”のようなもの。
食べ物に「原産地」や「添加物」の情報があるように、音楽にも「AIによる生成かどうか」の情報が必要になってきたのかもしれません。
99.8%の精度:Deezerの検出技術
Deezerが提供するAI検出ツールは、SunoやUdioなどの主要な生成AIモデルから作られた楽曲をすべて識別できると主張しています。
その精度は99.8%。検出されたAI生成楽曲は、レコメンデーションから除外されるだけでなく、収益化の対象外となり、ロイヤリティプールからも除外されます。
これにより、人間のミュージシャンやソングライターへの公正な報酬を目指しているのです。
DeezerのCEOアレクシス・ランテルニエ氏によると、このツールには「大きな関心」が寄せられており、すでに複数の企業が「テストに成功している」とのこと。
その中には、デヴィッド・ゲッタやDJスネークを含む30万人以上の音楽クリエイターと出版社を代表するフランスの音楽著作権管理団体Sacemも含まれています。
なお、価格情報や、ツールの採用に関心を示している他の企業については明らかにされていません。
広報担当者によると、コストは契約の種類によって異なるとのことです。
協力か?対立か?他の音楽プラットフォームの出方に注目
Deezerが提供するこの検出ツールは、他社にとっても大きなチャンスです。
もしSpotifyやApple Musicがこの技術を取り入れれば、リスナーの信頼を得る手段になるでしょう。
実際、Bandcampは2026年1月にAI生成音楽を全面的に禁止し、Spotifyも2025年9月にAI楽曲に対するポリシーを更新して、AIの使用状況を明示し、スパムを削減し、無断での音声クローンを明確に禁止しています。
一方で、大手レコードレーベルは異なる道を歩んでいます。ユニバーサル・ミュージック・グループとワーナー・ミュージック・グループは、2025年秋にSunoやUdioとの訴訟を解決し、これらのAIスタートアップと契約を結びました。
音楽カタログをライセンス供与することで、アーティストやソングライターの作品がAIモデルの学習に使用される際に報酬が支払われる仕組みを確保したのです。
今後、どのプラットフォームがこの動きに賛同するかは、音楽の未来を左右する重要な分かれ道になるかもしれません。
音楽の”魂”を守るために、私たちができること
AIが作る音楽も確かに魅力的です。だけど、雨の匂いや失恋の痛み、歓喜の涙。
人間にしか感じられない感情から生まれる一音一音には、やはり別格の力があります。
Deezerの取り組みは「AIを排除する」ためではなく「リスナーに正しい情報を与える」ためのもの。
どちらを選ぶかは、最終的には私たちの判断に委ねられています。
だからこそ、まずは知ること、そして選ぶことが大切なのです。
まとめ:音楽が”音”を超えて、心に届くために
「この曲、心に響いたな」と思ったとき、その音楽が人の手によって生まれたのか、AIによるものなのか。
その違いを知ることで、私たちの聴き方も少し変わってくるかもしれません。
Deezerの試みは、音楽という芸術が“情報”と”感情”のどちらも大切にされる世界を目指す第一歩。
AI時代のいまだからこそ「音楽ってなんだろう?」という原点に立ち返るきっかけを、私たちに与えてくれているのです。
参考:Deezer makes it easier for rival platforms to take a stance against AI-generated music
コメント