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NYFWで服が“会話”を始めた夜」ケイト・バートン×IBM×Fiducia AIが実装した“多言語AI試着”の衝撃

AI

「この服、近くで見るとどんな素材なんだろう?」
「ランウェイのあの一着、私が着たらどんな雰囲気になるんだろう?」

ニューヨーク・ファッションウィーク(NYFW)の会場にいると、そんな小さな疑問が次々に湧いてきます。
けれど、ショーは一瞬。モデルは風のように通り過ぎ、気づけば次のルックへ。
感動は大きいのに、手元には”確かめる時間”がない。

その「届きそうで届かない距離」を、そっと近づけようとしている取り組みが登場しました。
デザイナーのケイト・バートンが、Fiducia AIとIBMと組み、土曜日に開催されるショーの来場者向けに多言語対応のAIエージェントとフォトリアルなバーチャル試着を用意したのです。

ケイト・バートンの仕掛け:AIは主役ではなく「物語の入口」

今回の要点はシンプルです。
来場者が会場で気になったアイテムを、AIが見分けて教えてくれる。
しかも、音声でもテキストでも、どの言語でも質問できる。さらに、その場で”かなりリアル”なバーチャル試着までできるのです。

ここで大事なのは、バートン自身が「AIのためのAI」にはしたくないと語っている点です。
彼女は、テクノロジーを舞台装置のように、コレクション世界へ入るための「ポータル(入口)」として捉えています。
服の周りにある世界観や提示の仕方を広げ、思わず二度見してしまう瞬間をつくりたい。
目的は「好奇心を生むこと」だといいます。

例えるなら、AIは映画の字幕や音声ガイドに近い存在です。
作品そのものを置き換えるのではなく、鑑賞の解像度を上げてくれる。
理解できると、感動は増幅しますよね。

会場で何が起きる?「見て、聞いて、試す」が一つにつながる体験

当日の来場者を想像してみます。

ショーの最中、あなたは一着のドレスに目を奪されます。
光の当たり方で表情が変わる、見たことのない質感。
終演後、スマホを開き、会場のAIエージェントに話しかける。

「いまのルック、名前は? どんな素材?」

するとAIが、そのアイテムを検知して回答し、詳細を案内してくれる。
さらに「試してみる?」と促され、バーチャル試着で自分の姿に重ねて見られる。

これ、地味にすごいです。
ファッションの体験はこれまで「見る」が中心でした。
でもここでは「質問する」「理解する」「自分に当てはめる」までが一続きになります。

そして裏側では、Fiducia AIがIBM watsonxやIBM Cloud、IBM Cloud Object Storageを使って「本番運用レベル」の仕組みとして組み上げた、と説明されています。

専門用語をやさしく:watsonxとObject Storageって何?

ここで少しだけ、用語を噛み砕きます。

watsonx(ワトソンエックス)とは、IBMの生成AIを業務で使うための製品群です。
企業がAIを安全に、現場の仕事に組み込みやすくする考え方が前提にあります。
今回の記事では、このwatsonxを使った「Visual AI lens(視覚AIのレンズ)」で、コレクションのピースを検知した、と語られています。

IBM Cloud Object Storage(オブジェクトストレージ)は、ざっくり言うと、画像や動画など「形が決まっていないデータ」を大容量で預けられる倉庫です。
写真、PDF、動画などを安全に置いておき、必要なときに取り出せます。
ランウェイのルックを判別したり、試着用の素材を扱ったりするなら、こうした「頑丈な倉庫」はとても重要です。

いちばん大変なのは「賢さ」より「段取り」だった

Fiducia AIのCEO、ガネーシュ・ハリナスは、印象的なことを言っています。
難しかったのは「モデルの調整」ではなく「オーケストレーション(全体の段取り・連携)」だった。

料理にたとえるなら、レシピ(AIモデル)が良くても、食材の仕入れ、火加減、盛り付け、提供タイミングがバラバラだと台無しになります。

ショー会場は、通信も環境も変化が激しい。
多言語で、音声でもテキストでも動き、視覚でアイテムを検知し、しかも「本番で落ちない」必要がある。
だからこそ「段取り」が勝負だった、という言葉がリアルに響きます。

実は、これが初めての試みではありません。
前シーズン、バートンはFiducia AIと協力してAIモデルを使った実験を行っていました。
今回はその経験を活かし、さらに進化した形での挑戦となっています。

なぜ多くのブランドはAIを「こっそり」使うのか:評判リスクという壁

記事では、NYFWの現場で「どのブランドがテクノロジーやAIを使うのか」という話題が出ていた、と触れられます。
バートンは、多くのブランドがAIを使ってはいるが、主にオペレーション面で「静かに」使っていると見ています。
公にしないのは、潜在的な評判リスクがあるからかもしれない、と。

彼女はこの状況を、昔ファッション界が「ブランドがWebサイトを持つべきか」で迷っていた時代に重ねています。
「やがて、それは避けられないものになり、最終的に論点は『オンラインに進出すべきか』から『私たちのオンラインプレゼンスは良質か』に移った」と彼女は語ります。
AIも同じ道を辿るのではないか、というわけです。

この指摘は鋭いです。
技術はいつも、最初は「怖いもの」として現れます。
でも、使い方が洗練されると、いつの間にか「当たり前」になる。

ハリナスも付け加えます。
多くのブランドがAIを実験しているものの、その展開の多くは表面的なレベルに留まっている。
チャットボット、コンテンツ生成、社内の生産性ツールといった使い方です。

バートンが守りたいもの:人間の創造性を「コスト」にしない

バートンは、AIの未来を肯定しつつも、はっきり線を引きます。
「もしテクノロジーが人を消すために使われるなら、私は興味がない」
そして、観客は思っているより賢くて、「発明」と「回避」の違いが分かる、とも語ります。

彼女が思い描くのは、より良いプロトタイピング、より良い可視化、よりスマートな生産判断、そしてファッションを体験するためのより没入型の方法です。
ただし、それは「実際にそれを着る価値のあるものにしている」人間を置き換えることなく実現されるべきだ、と強調します。

変化に必要なのは、より明確さだとバートンは言います。
「明確な議論、明確なライセンス(権利の整理)、明確なクレジット(誰の創作かの明示)、そして人間の創造性は迷惑な間接費ではないという共通理解」が必要なのです。

これは、生成AIが広がる今の時代に、ファッションに限らず効いてくる視点です。
作品の背景にいる人を透明にしてしまったら、完成品だけが立派でも、どこか空っぽに感じてしまう。
だから「見える化」が大切なのだと思います。

ちなみにIBM側も重要な視点を加えています。
IBM ConsultingのグローバルヘッドであるDee Waddell(消費財、旅行、運輸業界担当)は「インスピレーション、商品インテリジェンス、エンゲージメントがリアルタイムでつながると、AIは単なる機能ではなく、測定可能な競争優位性を推進する成長エンジンになる」とコメントしています。

2028年に「普通」になり、2030年には「裏方の心臓部」へ?

ハリナスは、ファッションにおけるAIが2028年には標準化されると見立て、2030年には小売の運用の中核に埋め込まれると語っています。

ここで想像できるのは、きらびやかなショーの派手さではなく、むしろ裏側です。
試作(プロトタイピング)が速くなり、可視化(ビジュアライゼーション)が上手くなり、生産判断が賢くなり、体験がもっと没入型になる。

つまり、AIは「ランウェイのスポットライト」よりも「舞台裏の照明係」として浸透していくのかもしれません。
気づけば当たり前に支えていて、でも主役はあくまで人間の創作である、という形で。

ハリナスはこう付け加えます。
「このテクノロジーの多くはすでに存在している。今の差別化要因は、適切なパートナーを集め、それを責任を持って運用できるチームを構築することだ」

まとめ:AIが照らすのは服ではなく「着る人の物語」

今回のNYFWでの取り組みは、AIを魔法の杖として振り回す話ではありませんでした。
むしろ逆で、AIを「丁寧な案内係」にして、服の物語へ人を招き入れる試みでした。

ケイト・バートンが言うように「ファッションの最もエキサイティングな未来は、自動化されたファッションではない。それは、新しいツールを使ってクラフトを高め、ストーリーテリングを深め、それを作る人々を平板化することなく、より多くの人々を体験に招き入れるファッションだ」。

もしあなたが次に服を選ぶとき、鏡の前で少し迷ったら思い出してみてください。
テクノロジーの役目は、迷いを奪うことではなく、迷いの時間を「豊かにする」ことかもしれない。

服は、ただ着るものではなく、今日の自分を支える小さな物語。
その物語に、やさしいAIがそっと灯りを足してくれるなら、未来は案外あたたかいのかもしれません。

参考:Designer Kate Barton teams up with IBM and Fiducia AI for a NYFW presentation

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