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AIの頭の中は『むかしむかし』の記憶でいっぱいだった — 最先端技術の 79% が古典的手法で説明可能

AI

昔話の続きを予測する仕組み

ある日、子どもが「むかしむかし、あるところに……」と話し始めたとします。
その続きが「おじいさんとおばあさんが住んでいました」になるのは、私たちが何度も耳にしてきた物語の型があるからです。
この予測は私たち人間にとって自然なことですが、近年急速に発展してきたAIは、いったいどのような仕組みで次の言葉を選んでいるのでしょうか。
この素朴な疑問が、最先端の研究へとつながっていきました。

Google DeepMind の研究者 Timothy Nguyen 氏は、この問いに真正面から向き合い、驚くほどシンプルな答えを見つけ出しました。
その鍵を握るのは「N-gram(エヌ・グラム)」と呼ばれる、コンピュータ言語学では古くから知られた統計手法でした。
現代の複雑なAIモデルが、実はこの伝統的な手法と深い関係を持っていたのです。

N-gram ってなに?——AIの”言葉選び”の下敷きにある仕組み

N-gram とは何か、そしてAIの言葉選びとどう関係しているのか。
N-gram は、テキスト内で連続する単語の組み合わせがどれくらいの頻度で登場するかを分析する方法です。
例えば「むかし むかし ある ところに」という文があった場合「むかし むかし」「むかし ある」「ある ところに」などの2単語の連続(2-gram)を抽出し、その出現パターンを調べます。
3単語、4単語と連続する単語数を増やしていくと、それぞれ 3-gram、4-gram となります。

この手法は 1950 年代から言語処理に使われてきましたが、近年の複雑なトランスフォーマーモデルとの関連性はあまり注目されていませんでした。
自然言語処理の世界では、ニューラルネットワークの登場によって N-gram のような古典的手法は「過去のもの」と見なされがちでしたが、Nguyen 氏の研究はそれを覆す結果となりました。

Nguyen 氏の研究チームが行ったのは、最新のAIが次の単語を予測する際に、どれほど N-gram の統計的ルールに従っているかを徹底的に分析することでした。
彼らは複数のデータセットと異なる規模のAIモデルを使って実験を重ね、AIの予測と N-gram ルールの一致度を測定しました。
そして彼らが発見したことは、AIの世界に新たな視点をもたらしました。

【発見1】驚くほど「単純なルール」でAIの予測が説明できる

研究結果の中でも特に驚くべきだったのは、AIの複雑な予測の大部分が、実はたった数語の組み合わせから成る単純な統計ルールで高い精度で再現できるという事実です。
特に「TinyStories」と呼ばれる小さな物語を学習させたAIモデルでは、予測の実に 79% が N-gram ルールだけで説明できたのです。
さらに複雑な Wikipedia のようなデータセットでも、68% という高い割合で一致していました。

これはどういうことを意味するのでしょうか。
私たちは最新のAIが何か魔法のような複雑な処理を行っていると想像しがちですが、実際には「大量の文章パターンを記憶し、似たような並びを探して次の単語を推測する」という、比較的理解しやすい仕組みが大きな役割を果たしているのです。
つまり、GPT-4 や Claude といった大規模言語モデルであっても、その予測メカニズムの根底には、シンプルな単語の並び方のパターン認識があるという驚きの発見なのです。

もちろん、AIの全てが N-gram で説明できるわけではありませんが、予想以上に単純な原理が基盤になっていることがわかりました。
これは「AIの解釈可能性」という観点からも重要な発見です。
複雑なニューラルネットワークの「ブラックボックス」の一部が、実はかなり透明な N-gram で説明できるという事実は、AIをより理解しやすくする助けになります。

【発見2】AIは「やさしいルール」から「むずかしいルール」へと学んでいた

さらに興味深いのは、AIの学習過程を観察すると、まるで人間の子どものように「やさしいものから難しいものへ」と段階的に学んでいく様子が見られたことです。
研究チームの分析によると、AIは学習の初期段階では短い N-gram(2-gram など)を使った予測から始め、徐々に長く複雑な N-gram へと移行していくことがわかりました。

これは人間の言語習得プロセスと驚くほど似ています。
私たちも言葉を覚える際には、まず「こんにちは」「ありがとう」といった単純な表現から始め、次第に「お疲れ様です、よろしくお願いいたします」といった複雑な文型や敬語表現を身につけていきます。
AIも同様に、シンプルなパターンから学び始め、次第に複雑なパターンを理解していくという「カリキュラム学習」とも呼べる過程をたどっているのです。

この発見は、AIの学習プロセスに新たな洞察を与えるものです。
AIの学習が人間の認知発達と似たパターンを示すという事実は、認知科学と機械学習の接点となり、両分野に新たな研究の方向性を示唆しています。
もしかすると、効率的なAIの訓練方法を考える上でも、人間の学習過程からヒントを得られるかもしれません。

【発見3】N-gram で「過学習」も見破れる新手法

この研究は実用面でも重要な発見をもたらしました。
AIの学習が進みすぎると「訓練データだけに依存して、新しいデータに対応できなくなる」という過学習(オーバーフィッティング)が問題になることがあります。
これは機械学習における古典的な課題の一つで、特に大規模なモデルでは検出が難しくなっています。

従来、この問題を検出するには別の検証データセットが必要でしたが、Nguyen 氏の研究では「N-gram ルールとAIの予測のズレ」を測定することで、追加データなしに過学習を検出できる新手法も提案されています。
具体的には、AIの予測が N-gram ルールから大きく逸脱し始めたとき、それは訓練データに対する過剰な適応(過学習)の兆候である可能性が高いというわけです。

この方法は特に、検証データの準備が困難な状況や、モデルの継続的な監視が必要な実用環境において非常に価値があります。
AIの品質管理のためのツールとして、開発現場に新たな選択肢を提供することになるでしょう。
また、N-gram という単純な手法でここまで高度な分析ができることも、AI研究者たちにとって新鮮な驚きだったに違いありません。

AIの予測メカニズムの深層へ

N-gram とAIの関係性についてさらに掘り下げてみましょう。
現代のトランスフォーマー型AIモデルは「注意機構(アテンション)」という仕組みを使って文脈を理解すると言われています。
この注意機構は単語間の関係性を捉え、どの単語が互いに関連しているかを「自己注意(セルフアテンション)」によって計算します。

Nguyen 氏の研究が示唆するのは、この複雑な注意機構が結果として生み出す予測の多くが、実は N-gram という単純な統計モデルで近似できるということです。
これは「複雑なシステムが単純な法則を生み出す」という科学の普遍的なパターンを思わせます。
最先端のAIであっても、その出力はある程度予測可能な規則性を持っているのです。

また、この研究はAIの「創造性」についても新たな視点をもたらします。
AIは完全にランダムな文章を生成しているわけでも、単に訓練データを丸暗記しているわけでもなく、統計的なパターンを学び、それを組み合わせて新しい文章を生成していると考えられます。
この「パターンの組み合わせ」こそが、AIの創造性の源泉なのかもしれません。

AIの中身は、思ったよりも「古典的」だった?

AIの中身は、私たちが想像していたよりもはるかに「古典的」で理解しやすいものだったのかもしれません。
もちろん、現代のAIは詩を書いたり、プログラムコードを生成したりと、単純な N-gram だけでは説明しきれない高度な処理も行います。
しかし、その基盤となる「言葉の選び方」については、かなりの部分が過去に見た言葉の並びのパターンに根ざしていることが明らかになりました。

言い換えれば、最先端のAIモデルの「頭の中」は、無数の子どもたちが何世代にもわたって繰り返してきた昔話のような、パターン化された記憶の集積なのかもしれません。
「むかしむかし、あるところに」と聞いて「おじいさんとおばあさんが住んでいました」と続けるのは、AIにとっても私たち人間と同じように、過去の経験から学んだパターンの自然な応用なのです。

この研究は、AIの仕組みをより透明にし、私たちがAIをより深く理解するための手がかりを与えてくれます。
AIが「魔法の箱」から「理解可能なシステム」へと変わっていく過程で、このようなシンプルな原理の発見は非常に重要な意味を持ちます。
また、AIと人間の学習の類似点を明らかにすることで、両者の関係性についても新たな視点をもたらしてくれるでしょう。

AIを新たな視点で見る

次回あなたがAIに「続きを書いて」と頼むとき、ぜひその背後で起きていることを想像してみてください。
AIは何千、何万という物語や文章のパターンを参照しながら「この文脈では、次にこの言葉が来るのが自然だろう」と判断しているのです。
そこには複雑な数式や難解なアルゴリズムだけでなく、人間の言語習得にも通じる単純明快な原理が働いています。

N-gram のような古典的な統計手法がAIの予測に大きな役割を果たしているという発見は、AIをより身近に感じさせてくれるかもしれません。
AIは完全に理解不能な「黒い箱」ではなく、ある程度は人間と同じように経験から学び、パターンを見出す存在なのです。
そして、その仕組みを解明する研究は、AIをより良く活用し、さらに発展させていくための重要な一歩となります。

この「懐かしくて新しい」視点が、あなたのAIとの関わり方に新たな洞察をもたらし、AIテクノロジーをより深く理解するきっかけになれば幸いです。
AIの未来は複雑かもしれませんが、その基盤には案外シンプルで親しみやすい原理が隠れているのかもしれません。
それを知ることで、AIはより良く、より人間にとって有用なパートナーになっていくことでしょう。

参考:Understanding Transformers via N-gram Statistics

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