「AI導入に何億もかけたのに、全然うまくいかないんです」
ある大企業の担当者が、肩を落としてこう語りました。
最近、AIの導入がビジネスの現場で急速に進んでいます。
ChatGPT のような生成AIに始まり、社内データを活用して業務効率を劇的に改善しようとする動きが世界中で活発化しています。
しかし、現実はどうでしょうか?
せっかく最新のAIを導入しても「思ったような効果が出ない」「AIがまともに動かない」「PoC(概念実証)で止まってしまう」といった声が後を絶ちません。
その原因の一つが、実は「データのサイロ化(Data Silos)」という、聞き慣れないかもしれませんが、とても深刻な問題なのです。
“データのサイロ”って何? どうしてそんなに問題なの?
「サイロ(Silo)」という言葉は、もともと農業で使われる、穀物などを保管しておく大きな倉庫を指します。
企業における”データのサイロ”とは、部門ごとにデータがバラバラに保存され、他の部署と連携が取れない状態を意味します。
たとえば、営業部は顧客データを Excel で管理し、マーケティング部は独自のツールで行動履歴を分析している。
一方、サポート部門は問い合わせ履歴を別のシステムで管理している……。
こんなふうに、部署ごとにバラバラな形式や場所でデータが管理されていると、AIはそのデータをうまく活用できません。
AIは「大量かつ多様なデータ」を必要とします。
しかし、データが部門ごとに”孤立”していると、AIにとってはパズルのピースが揃っていない状態になってしまうのです。
IBM が警鐘を鳴らす:”AI失敗の本当の理由”
IBM が最近発表した調査結果は、企業にとってかなりショッキングなものでした。
IBM のビジネス・バリュー研究所が 1,700 人のシニアデータリーダーを対象に実施した調査によると、AIはスケール可能な状態にあるものの、企業のデータはまだその準備ができていないことが明らかになりました。
財務、人事、マーケティング、サプライチェーンなどの部門データが、共通の分類法や標準もなく孤立して運用されている実態が浮き彫りになっています。
調査によると、データリーダーの 92% が、自分たちの成功はビジネス成果への集中にかかっていると認識しています。
しかし「データ駆動型成果のビジネス価値を判断する明確な指標を持っている」と自信を持って答えたのは、わずか 29% に過ぎませんでした。
この野心と現実のギャップこそが、企業が直面している課題なのです。
「AI活用したいなら、まずは”データの交通整理”から」
IBM の副社長兼最高データ責任者であるエド・ラブリー氏は、データのサイロ化を現代のデータ戦略における「アキレス腱」と表現し、こう警告しています。
「データが分断されたサイロに存在している場合、すべてのAIイニシアチブは、6ヶ月から12ヶ月に及ぶデータクレンジングプロジェクトになってしまいます。チームは有意義な洞察を生み出すよりも、データを探し出して整合させることに多くの時間を費やすことになるのです」
言い換えれば、AIを導入する前にやるべきことは、社内に散らばったデータを”見える化”し”つなげる”ことです。
たとえば、データの保存場所や形式を統一する、異なる部署間でデータを共有できる仕組みを作る、プライバシーやセキュリティに配慮した”ガバナンス”体制を整える、といった取り組みが必要になります。
これらは一見地味な作業ですが、土台がしっかりしていないと、どんなに優秀なAIでも力を発揮できません。
“魔法の杖”ではなく”耕す鍬”としてのAIへ
AIというと、魔法のようにすべてを解決してくれる存在だと思われがちです。
しかし実際には、AIは「よく耕された土壌=整備されたデータ」がなければ芽を出すことすらできません。
AIを使って未来のビジネスを築くなら、まずはその足元—つまり“データを整える”という地道な作業から始める必要があります。
まとめ:AIは「夢」を見せてくれる。でも、「現実」を整えるのは私たちの仕事。
企業のAI活用がうまくいかない原因は、技術ではなく「データのあり方」にあります。
特に”データのサイロ”という見えにくい問題は、多くの企業のAI戦略を静かに、しかし確実に妨げています。
AIは決して万能ではありません。
しかし、正しく整備されたデータと組み合わされることで、これまで不可能だった価値を創出する力を持っています。
だからこそ、いま一度立ち止まって問いかけてみませんか?
「うちのデータ、ちゃんと”つながって”いますか?」
AIの未来を支えるのは、華やかなアルゴリズムではなく、あなたの目の前にある、地道なデータ整備かもしれません。
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