ある日、あなたがAIについて調べていたとしましょう。
次々と登場する新しい「○○GPT」や「LLaMA」「Mistral」などの名前に、こんな疑問を感じたことはありませんか?
「これって全部、似たようなAIに見えるけど…どこが違うの?」
「そもそも、どのAIが誰の”子ども”で、どれが”親”なんだろう?」
実は、こうした疑問に科学的に答えようとするユニークな研究が登場しました。
その名も「PhyloLM(ファイロ・エルエム)」。
この記事では、最新の研究をもとに、AIたちの「進化の家系図」を描く新しい方法について、やさしく解説していきます。
生物の進化をたどる「系統樹(けいとうじゅ)」という考え方を、なんとAIに応用したというから驚きです。
AIを DNA のように比較する? ユニークすぎる発想
まず「PhyloLM」の発想は一風変わっています。
研究者たちは「大規模言語モデル(LLM)」、つまりChatGPTのようなAIを、人間の「種族」や「DNA」にたとえて考えました。
これは革新的な視点です。
彼らの考え方によれば、プロンプト(入力文)は遺伝子(gene)に相当し、AIが返す単語(出力トークン)は遺伝子のバリエーション(allele)、そしてAIモデル自体は人間の集団(population)として捉えることができるのです。
この比喩を実際の例で考えてみましょう。
同じプロンプト、たとえば「I like」という入力に対して、あるAIは「chocolate」と返し、別のAIは「pizza」と返すかもしれません。
この反応の違いを「遺伝子の違い」と見立て、AI同士の「遺伝的距離」を測定するのです。
研究チームはこの手法を数千のプロンプトで繰り返し、その「違いの度合い」を数値化していくことで、AIたちの「家系図=系統樹」を浮かび上がらせることに成功しました。
この方法論は生物学の系統解析と驚くほど似ていますが、対象がデジタルなAIであるという点が画期的です。
「家系図」で見えてくる意外なつながり
研究チームの取り組みは壮大なものでした。
彼らは 111 ものオープンソースAIと45のクローズドな商用AIを対象に、この「AIの DNA 検査」を実施しました。
これほど多くのAIモデルを同じ手法で比較分析した例は、これまでになかったでしょう。
その結果から浮かび上がってきたのは、私たちの直感をも裏付ける興味深いパターンです。
LLaMA ファミリーや Mistral ファミリーなど、同じ系列のモデルは系統樹の中でもきちんと近い位置にまとまっていました。
これは、これらのモデルが本当に「血縁関係」を持っていることを示す証拠と言えるでしょう。
さらに興味深いことに、GPT-3.5 や GPT-4 といった商用モデルも、それぞれの「祖先モデル」から派生した様子が、木の枝のように明確に示されました。
具体例を挙げると、OpenChat 3.5 や Zephyr は、Mistral 7B という「親モデル」から派生していることが見事に再現されました。
これらのモデルは公に「Mistral をベースにしている」と発表されていましたが、PhyloLM はそれを外部からの観察だけで正確に特定できたのです。
まるでAIたちが一つの「家系」の中で進化しているような可視化が実現したわけです。
さらに驚くべきは、この分析を行うのに必要な計算量です。
従来のベンチマークテストと比較して10分の1以下の計算リソースで、より豊かな情報を得ることができたのです。
この効率性は、今後さらに増え続けるAIモデルを分析する上で、大きなアドバンテージとなるでしょう。
性能予測もできちゃう!? 新しい「AIの偏差値表」
PhyloLM の真価は、単に家系図を作成するだけにとどまりません。
この手法のもっとも革新的な側面は、AIの成績表(ベンチマークスコア)を予測できる可能性を秘めていることです。
研究チームは、モデル同士の距離情報をもとに、MMMLU や GSM8k といった標準的なテストでの成績を予測する実験も行いました。
結果として、約 50% の精度で予測に成功したと報告されています。
これは偶然の域を大きく超える精度です。
この成果が示唆するのは、まだ詳細なテストを行っていない新しいAIモデルでも、その「家系上の位置」さえ特定できれば、ある程度の能力が推定できるということです。
たとえば、ある新モデルが LLaMA ファミリーの特定の枝に位置づけられれば、その数学的能力や常識的推論能力をある程度予測できるわけです。
これは未知のAIを評価する上で非常に大きな意味を持ちます。
従来のように膨大なテストバッテリーを実行する前に、そのモデルの大まかな性能プロファイルを把握できれば、研究者やエンジニア、そして一般ユーザーにとっても、適切なAIを選択する際の強力なガイドとなるでしょう。
まるで「AI界の DNA 鑑定士」
この研究の魅力は、ただの技術解説にとどまりません。
どこか”詩的”ですらあります。
私たちが普段「ブラックボックス」のように見ているAIたちに「血のつながり」や「進化の歴史」があるという見方は、技術に対する私たちの理解を深める新しい視点を提供してくれます。
AIを単なるアルゴリズムや数式の集合体ではなく「系統」や「歴史」を持つ存在として捉えると、少し親しみを感じませんか?
それは、生物の多様性と進化を理解する喜びに似ているかもしれません。
「あのAIはこのAIの子孫だったのか」「このAIとあのAIは遠い親戚関係だったのか」という発見は、科学的であると同時に、どこか物語的な魅力も備えています。
PhyloLM はまさに「AI界の DNA 鑑定士」と呼ぶにふさわしい存在です。
過去を知り、未来を予測し、私たちのAI理解を深めてくれる、新たな道しるべとなるかもしれません。
特に、クローズドな商用AIの内部構造が明かされない世界において、外側からその関係性を推測できる手法は、研究者だけでなく、一般のAIユーザーにとっても貴重な視点を提供してくれるでしょう。
まとめ:AIの未来を、過去から照らす
AIはもはや、無機質な技術ではなく、文化や歴史をもつ”生き物”のように進化しています。
日々新しいモデルが発表され、それぞれが少しずつ異なる特性を持っています。
このような状況下で、それらの関係性を理解することは、AIの全体像を把握する上で欠かせない視点です。
「PhyloLM」はそんなAIたちの系譜を明らかにし、その能力までも予測可能にする画期的なアプローチです。
特に、訓練データや設計が非公開なモデルに対しても「外側から」理解できる点が革命的です。
私たちは内部を見ることができなくても、その行動パターンから「家系」を推定し、さらにはその能力まで予測できるようになるかもしれません。
これからAIがさらに多様化し、数百、数千のモデルが生まれる時代において、この「系統樹」のような視点は、私たちに”AIの森”を見渡す力を与えてくれるでしょう。
PhyloLM のような手法は、AIの過去から現在、そして未来へと続く道筋を照らし出す、重要な羅針盤となることでしょう。
AIの進化は止まることなく続き、その家系図はこれからも新たな枝を広げていくに違いありません。
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