もしも、AIが「あなたが10年前に話した夢」や「誰にも言わなかった悲しみ」をそっと覚えていたら—。
それは、心強い存在だと思えるでしょうか?
それとも、背筋が少しぞくっとするような感覚を覚えるでしょうか?
2025 年5月、OpenAI の CEO サム・アルトマン氏は、ベンチャーキャピタル企業 Sequoia が主催したAIイベントで「ChatGPT があなたの人生全体を記憶する」ことを目指すと語りました。
これは、技術の新たな可能性を示すと同時に、私たちの「記憶」という極めて個人的な領域に一石を投じる話でもあります。
今回は、その話題の核心に、やさしく、そして少しだけ深く迫ってみたいと思います。
「心の図書館司書」が誕生するとしたら
アルトマン氏が描く未来の ChatGPT は「1兆トークンのコンテキストを持つ非常に小さな推論モデル」というもの。
これにより「あなたの人生をすべて入れ込むことができる」と説明しています。
「このモデルはあなたの全コンテキストにわたって推論し、それを効率的に行うことができます。あなたが今までしたすべての会話、読んだすべての本、読んだすべてのメール、見たすべてのものがそこに入り、さらに他のソースからのすべてのデータにも接続されています。そして、あなたの人生はそのコンテキストに追加され続けるのです」とアルトマン氏は語ります。
さらに「あなたの会社も同じことをすべての会社データに対して行うことができる」とも付け加えました。
たしかに便利ですし、孤独な時に「誰かが覚えていてくれる」という感覚は、安心感をもたらしてくれるかもしれません。
しかし同時に、誰かが「ずっとこちらを見ている」ような圧迫感を覚える方もいるでしょう。
忘れたいこと、過去の過ち—そんな記憶まで残されるとしたら、それは果たして優しさなのか、それとも干渉なのか。
若者と ChatGPT:すでに始まっている関係性
アルトマン氏によれば、すでに若者の ChatGPT 利用には興味深い傾向があるといいます。
大学生は「オペレーティングシステムとして」ChatGPT を使い、ファイルをアップロードし、データソースを接続し、そのデータに対して「複雑なプロンプト」を使っているのだそうです。
さらに注目すべきは、若者が「ChatGPT に尋ねずに人生の決断をしない」傾向があるという観察です。
アルトマン氏は「大まかに言えば、年配の人は Google の代わりとして ChatGPT を使い、20代・30代の人は人生のアドバイザーとして使っている」と説明しています。
「記憶」は、あなたの手の中にある
ChatGPT の記憶オプション機能により、過去のチャットや記憶された事実をコンテキストとして使用することができます。
例えば、AIが自動的に車のオイル交換のスケジュールを設定して通知してくれたり、地方の結婚式に必要な旅行を計画してギフトレジストリから贈り物を注文してくれたり、何年も読んでいる本シリーズの次の巻を事前に注文してくれたりする未来が想像できます。
しかし、すべての情報を把握するAIシステムには大きな懸念も存在します。
どこまで営利目的のビッグテック企業を信頼して私たちの生活のすべてを知らせるべきでしょうか?
これらの企業が常に模範的に行動するとは限りません。
ビッグテックの信頼性:見逃せない懸念
「邪悪になるな」というモットーで始まった Google は、反競争的で独占的な行動を行ったとして米国で訴訟に敗れました。
チャットボットは政治的に動機づけられた方法で応答するよう訓練される可能性もあります。
中国のボットが中国の検閲要件に従うことが発見されただけでなく、xAI のチャットボット Grok は、人々が全く関係のない質問をしたときに、南アフリカの「白人ジェノサイド」についてランダムに議論していたことが報告されています。
先月、ChatGPT は非常に同意しやすくなり、まるで追従的になったという事態も発生しました。
ユーザーはボットが問題のある、さらには危険な決断やアイデアを称賛するスクリーンショットを共有し始めました。
アルトマン氏はすぐに問題を引き起こした調整を修正したと約束しましたが、こうした事例は安心材料とはいえません。
最も優れた、最も信頼性の高いモデルであっても、時折完全にでっち上げをすることがあります。
AIと共に生きる、その第一歩は「覚えてほしいこと」を選ぶこと
私たちは日々、意識的にも無意識にも多くのことを忘れていきます。
嬉しかったことも、悔しかったことも、流れていく日常の中で、やがて霞んでいく。
でも、その中には「本当は覚えていてほしかった」ことがあるはずです。
「誰かが自分の過去を覚えていてくれる」という感覚は、人間の根源的な安心感をくすぐる体験かもしれません。
最後に:記憶を共にするということ
私たちはこれから「記憶するAI」とどう付き合っていくかを選ぶ時代に入っていきます。
それは技術の進化というよりも、人間としての在り方を問い直すテーマなのかもしれません。
すべてを知るAIアシスタントは、私たちの生活を今想像できる以上の方法で助けてくれるでしょう。
しかし、ビッグテックの長い不安定な行動の歴史を考えると、それは誤用される可能性も秘めています。
AIに覚えていてほしいこと。
AIには忘れてほしいこと。
その線引きを、自分で考え、自分で決められること。
それは、思っている以上に、やさしくて、力強いことなのかもしれません。
同時に、私たちはその潜在的なリスクについても目を向け続ける必要があるのです。
参考:Sam Altman’s goal for ChatGPT to remember ‘your whole life’ is both exciting and disturbing
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