あの子の病名が、ずっとわからなかった
娘の成長が、どこかおかしいと感じたのは1歳を過ぎた頃。
笑顔も言葉も少なく、足元はふらふら。何度も病院を回った。
でも、医師たちの首は横に振られるばかり。
検査、待機、紹介状。
そしてまた一からやり直し。
この”診断の旅”は、親子の心と時間をすり減らします。
世界3億人が直面する「診断の迷路」
実はこうした状況にあるのは、世界で 3~4 億人とも言われる希少疾患の患者たち。
70% もの人が、原因不明のまま診断を受けられていないのです。
現在、7000 を超える希少疾患が知られていますが、それぞれが非常に稀で複雑なのです。
なぜこんなにも診断が難しいのか?
それは、希少疾患がまるで”医学の迷路”のようだからです。
一つひとつの病気が非常に稀で、似たような症状もたくさんある。
同じ病名でも患者によって表れ方は千差万別。
しかも、医師の多くが実際の症例を見たことがない――。
そんな中、注目を集めているのがAIを使った新しい診断支援ツール「SHEPHERD(シェパード)」です。
AIが”見えない道”を見つけるとき
SHEPHERD は、患者の症状(医学用語で「表現型」)や遺伝子データをもとに、病気の可能性を探し出すAIです。
その名は「羊飼い」を意味しますが、まさに診断の迷子となった患者たちを、確かな診断という”牧場”へ導く案内人のような存在です。
革新的な「Few-shot Learning」技術
SHEPHERD がすごいのは、「Few-shot Learning(フューショットラーニング)」という技術を使っていること。
これは、たったわずかな情報からでも学習し、推論を行う力のことです。
希少疾患では、1つの病気に関するデータが非常に少ないため、従来のAIではお手上げでした。
けれど、SHEPHERD は人間の医学知識を組み込んだ”知識グラフ”という仕組みを土台に、見たことのない病気さえも推測できるのです。
まるで、地図がなくてもコンパスと星を頼りに進む探検家のように。
実績は、言葉より雄弁です
米国の診断支援ネットワーク「UDN」で実施された検証では、465 名の患者に対して SHEPHERD が以下のような成果を出しました。
- 40% の患者で、正しい遺伝子を「1位」に選出
- 診断が難しい症例でも、上位5位内に 77.8% が的中
- 専門医の手作業に比べ、2倍の効率で診断候補を絞り込み
さらに驚くのは「まだ名前すらついていない病気」や「典型的でない症状」の患者にも対応できたこと。
つまり、SHEPHERD は”未知の病”に対しても、可能性を指し示すことができるのです。
「似た患者」を見つける力――孤独の終わり
SHEPHERD は、診断だけではありません。
「似た症例を持つ他の患者=”patients-like-me”」を探し出すこともできます。
これは、家族や医師にとって希望の光です。
「同じ経験をした人がいる」「過去にこういう例があった」というだけで、次の一歩が踏み出せる。
まるで、闇夜の中で遠くに灯る懐中電灯のように。
最後に――希望の名をあなたに届けたい
病気の名前がわかる。
それは、治療の始まりであると同時に「この苦しみには意味がある」と知ることでもあります。
SHEPHERD は、すべての患者にとって万能な解決策ではありません。
しかし、それは確かに”診断の迷路”に一筋の道筋を描いてくれる存在です。
迷っていた患者の背中にそっと手を添え「こっちかもしれないよ」と囁いてくれる――そんな優しさを持ったAI。
名前のない不安に向き合うすべての人へ、SHEPHERD という新しい選択肢を届けたいと思います。
参考:Few shot learning for phenotype-driven diagnosis of patients with rare genetic diseases
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